ラプンツェルブルー 第9話-2
「ここには、よく来るの?」
ついでのように訊いたのが、いけなかったのだろう。
更に作業後の疲れにアイスクリームの甘さと冷たさも加わって油断したのだろう。
隣で首を横に降ったあと
「先生は甘いもの食べないから」
と。
にわかに隣の人の雰囲気が変わっていくのが解る。
通りの喧騒で聞こえなかったフリをしてアイスクリームを口に運ぶ作業を続ける。
「やっぱ雪の日にアイスクリームは寒いな。早川は大丈夫か?」
とわざとらしく震えながら言ってみたものの。
もう冷たさどころか甘さも感じない。
無理に笑って頷いてみせた横顔を盗み見て、僕の胸のうちのどこかが微かに軋むのだった。
それらの
透けてしまいそうなあの微笑みを。
無心に土をおこすあのひたむきさを。
電車で盗み見た、本に視線を落とすあの横顔を。
まるでスライドショーのように、ひとつひとつ思い浮かべる僕のセンチメンタルとヒロイズムが、僕に走る事をやめさせなかったのだ。
参った。ホントに調子狂いっぱなしだ。
こんなの僕のキャラクターじゃないのに。
苦く笑ったところで、ずっと堂々巡りのように頭を回りつづける自らの問いは止まらなくて。
僕が彼女のところへ行って何ができ、何が変わるのか。
彼女に何を言い、どうするつもりなのか。
いくら考えても答えが出ない。
あんなにいらいらしていたおとぎばなしの無駄なアクションさながら、彼女に付き合って穴を掘る手助けをしたのは、何のためだったのか。
「他人事に首を突っ込まない」主義が聞いて呆れるほどの矛盾ぶりは何処から来ているのか。
たとえ『要らぬお節介だ』と言われても構うもんかと開き直るほどの覚悟も。
そこまで僕に思わせ、今僕を走らせるものが何であるのか。
僕はいつもの現実にたち返る癖を始めて……やめた。
そう、いまさらだから。
恐らくずいぶん前から「何であるか」を知っていて、気付かないフリをしていただけだ。
僕の事はさておき、今はなによりも『そこ』にたどりつかないと始まらなければ終わりもしない。
「早川っ!」
生垣に身を投げた先はケヤキの森。
ぽっかり開いた深淵。
その側に腰まで届く髪を二つのみつあみにした女の子が立っていた。
それは、ルイス・キャロルの絵本の挿絵の一葉のような。
あるいはベッドから落ちる直前まで見ていた夢の続きのような。
辺りの静寂も拍車をかけ、そこは現実から切り取られた世界だった。