わが家の事情-1
新しい母がわが家にやって来たのは、私が中1の時だった。母には小4の実の娘がいた。私は母と妹ができることを素直に喜んでいた。幼稚園入園前に実の母とは死別していたし、一人っ子の私には、学校から帰っても話し相手はいない。家族ぐるみでの数年間の交際の後でもあり、妹も私に懐いてくれていた。
新しい母は優しくて、厳しい人だった。私のことを妹と分け隔てなく優しく可愛がってくれる、それは子供の直感として前から感じていた。でも女手一つで幼い娘を育てていくには、優しいだけではだめだという思いがあったんだと思う。妹は物心がついた時から、決まり事を破ると必ずお仕置きとしてお尻を叩かれていた。妹には強情なところがあり、ちゃんと反省して謝るまでピシャン、ピシャンと平手でひっぱたかれるのだという。私はと言えば、親に怒られたことを知らない。家事もやらなければいけなかった私には、悪い子になっている暇はなかった。父も私を早くから一人前扱いにしてくれた。
妹が口げんかして初めてわが家で母にお尻をひっぱたかれたのは、新生活が始まって1週間ほどした頃のことだ。私の目の前で母は大声で妹を叱りつけた。居間のソファのところで妹を捕まえて俯せにして膝の上に乗せると、母は妹のスカートをめくってピシャッ、ピシャッと無言でそのお尻に平手打ちを始めた。暴れていた妹がだんだんとおとなしくなっていく。それでも母は、その手の力を緩めようとはしなかった。もう一度妹の体を手繰り寄せると、お尻を両膝の真上に乗せる。ピシャッ、ピシャッ……。妹が「ご免なさい」と泣きながら謝るまで、お仕置きは続いた。
私は金縛りに遭ったようにびっくりしながら、一部始終を見届けた。その気持ち、何て表現すればいいんだろう。妹が、可愛いなと思った。その時、妹がめくれたスカートの裾を引っぱりながら母に言った。
「ママ、お姉ちゃんが口答えしても、お仕置きするの?」
母は一瞬、戸惑っているように見えた。がすぐに、母親の威厳を取り戻した口調になった。
「当たり前でしょ。Y子は、私の娘なんだから」
妹は一瞬、私の方を見てちょっと悪戯っぽく微笑んだ。
新学期が始まり、私は中2になった。もういままでのように家事の心配をしなくても済む。放課後や休日も、これまで遠慮がちだった友達の誘いが増えた。頑張ってきた緊張の糸が、自分の中で切れ始めていた。それでも父に余計な心配はかけたくなかったので、母に課せられた厳しい門限も守っていた。
妹の方は、相変わらず奔放だった。何度も私の目の前で母に捕まえられてはスカートをめくられ、竹の定規やスリッパでもピシャピシャとお尻をひっぱたかれていた。それでもお仕置きが済めば、妹はそのうちに母に甘えだし、母も妹を受け入れる。やっぱりほんとうの親子なんだなと思った。私はまだ、肩に力を入れすぎているのかもしれない。
その日、私は初めて母との約束を破ってしまった。友達の家で遊んでいて、門限の時間を忘れてしまったのだ。先に気づいて心配してくれたのは、友達の方だった。
「Y子、お母さん、厳しいんでしょ? ヤバくない?」
私は時計を見てびっくりした。門限の7時にはもう間に合わない。いままでこんなこと、絶対なかったのに。私は青くなって友達の家をあとにした。私、どうなるんだろう? お仕置き? 妹が泣きながらお尻をひっぱたかれている光景が目に浮かんだ。いいわ、なるようになれ、よ。私は妙に胸が高鳴っていた。母は妹の目の前で、中2の私のお尻をひっぱたくのだろうか。その前に、まずご免なさい、か。言い訳はしない方がいいかな。
上の空でバスに揺られ、知らないうちに私は、もう家の門の前に立っていた。