わが家の事情-2
ドキドキしながら呼び鈴を押した。
「はい」
母のやや甲高い声だ。
「私、Y子」
玄関の鍵のカチャカチャ鳴る音が聞こえた。ついに扉が開いた。
「お母さん、ご免なさい」
「早く上がりなさい」
私が靴を脱ぎ始めた時、母は玄関に立て掛けてあった竹の靴べらを手に取った。
「お母さん、お仕置き?」
私はその靴べらを見ながら恐る恐る聞いた。
「その壁のところに両手をつきなさい。早く!」
母にためらいはなかった。私が約束を破ったのだから仕方がない。言われた場所に両手をついて、壁を見つめた。バシッ……。痛っ。生まれて初めてお尻を叩かれた。お尻って、こんなに痛いの? 私は思わず叩かれたお尻を両手のひらで包むようにして振り向いた。
「まだ1回しか叩いてないわよ」
母が冷静な口調で言った。私はまた、もとの姿勢をとった。バシッ。今度はさっきより下の方に靴べらが当たった。バシッ。今度は上の方。バシッ。だんだんお尻全体が痺れて熱くなってきた。10発ひっぱたかれたところで、母のお仕置きは終わった。
「これから気をつけなさいね」
「はい!」
お尻は痛くなったけど、私はなんだかさっぱりした気分になっていた。
「お姉ちゃん、お尻、凄い音してたよ」
妹がわざと真顔でいう。心の中では笑っているくせに。
「もう。あんただっていつも、家中に聞こえる音がしてるわよ」
私は妹と、この時ほんとうの姉妹になれたような気がした。これでよかったんだと思う。もし母にお仕置きされていなければ、私はきっと淋しい思いをしていただろう。いえ、私は心のどこかで、この日が来ることを望んでいたのだ、きっと。私も母も、一つの壁を越えた気がした。
この日のお仕置きのことは、その夜、父にも伝わっていた。妹がしゃべったのだ。
「Y子、痛かったか? 母さんは、お前が可愛いんだよ」
「パパ、わかってる。私が悪かったんだから。最近、なんか気が緩んできちゃってさ」
私は努めて明るく答えた。父の表情も晴れやかになった。
「そうか。Y子とお母さんに任せとけば、大丈夫だな」
私は中3になった。もう母のお尻叩きのお仕置きにも慣れた。門限もときどき破るようになったし、平気で口答えするようにもなっていた。もっとも、妹は私よりも数倍叱られ、厳しくお仕置きされていた。
妹は相変わらずスカートをめくられて、母の膝の上でピシャン、ピシャンとお尻を平手打ちされていた。私は壁や机に両手をつかされて、スカートやショートパンツの上から竹の靴べらや籐の布団叩きでもひっぱたかれたりした。凄く痛いし、妹の目の前ではなおさら恥ずかしい。でも逃げ出したい気持ちの半面、母の愛情を確かめているような自分に気づく。
わが家で何度も見てきた妹のお仕置き。母に叱られては思い切りお尻をひっぱたかれて、「ママ、痛かったよ」っていつも後から甘えていた妹。その妹と、同じことをいま私もしている。
私はもうすぐ高校生、妹は中学生だ。母は私に言った。
「高校を卒業するまでは、厳しくしつけるわよ。でもお尻叩きはそろそろ卒業にして、春からは正座の罰にしようかしら」
私は正座が苦手だった。それにお尻叩きの方が、短い時間で済む。私は即答した。
「どうせお仕置きされるんなら、いままで通りでいいよ」
「あたしは、正座の方がいいかな」
そう言う妹を、母は遮った。
「あんたはまだ子供丸出しなんだから、お尻で十分」
そう、いまのままがいい、いまでしか体験できないことなんだから。そう私は思った。私は母のことが好きだし、尊敬している。