虹-1
本当なら今ごろは当の昔に高速を抜けて海に着いていたはずだ。
なのに、未だに家から出ずに庭で車を洗っている。
「お父さんもう一回やって!もう一回見たい!」
「あの、じゃあ私も・・・見ていい?ねえ、お父さん」
最初から乗り気だった息子の方はともかく、海に行きたがっていたはずの娘もせがんできた。
もう何回も見せたけれどそれでも見たがっている。
だからここで止めるというのも子供に悪い気がして・・・
海はもういいのかな、思いつつ目を輝かせて待つ子供の前でホースを構えた。
「いくぞ、よく見てるんだ」
二人とも大きな目を更に見開いて、今か今かとその時を待ち続けている。
ホースをやや上の方に向けてなるべく遠くまで水が飛ぶ様にし、蛇口を捻った。
広がる水飛沫が涼しげなカーテンを作り出し、庭の芝を濡らしている。
「お父さん見えないよ。まだなの?」
「そんなすぐに見えるはずないでしょ、ちょっと待ちなさい」
宥める娘と宥められる息子のやりとりに思わず頬が綻びそうになる。
あれを作るには角度が重要だからな。
やっと出来た、と思ったら次の瞬間にはもう消えている。まるで流れ星の様な存在・・・
「んー、まだかな。姉ちゃん全然見えないよ。なんでかな?」
「分かんないけど、さっき何回も出てきたからさすがに疲れちゃったかなぁ」
待ちながら会話している息子と娘を見ていると、かつての自分を思い出す。
いつまでも飽きることなく、果てしなく広がる空を見上げて待ち続けたあの頃・・・
¨それ¨は見た子供の心を釘付けにして決して離そうとしない、
まるで魔法の様な存在なのかもしれない。
さて、そろそろ出てくれてもいいはずだが。
父親からのお願いだ。これで最後でいいから姿を見せてやっちゃくれないか。
つまらなそうな息子に続き、段々娘も不安そうな顔になってきた。まずいな・・・
「!!」「?!」
急に二人とも目を見開き固まってしまった。
そうかと思ったら手を取り合って飛び跳ねている。
姿を見せてくれたか。ありがとう、何回も我儘に付き合ってくれて。
その七色の帯が飛沫の中で儚く・・・だが確かに光を湛えていた。
俺が子供の頃に見た姿と寸分も違わない輝きがそこに在った。
「さわっちゃえ、えい。あ・・・うわっ冷たい!」
「何やってるのよもう」
「姉ちゃんもこいよ!いっしょにぬれちゃおう!」
「はなしてよ、バカ。はなせってば!きゃっ冷たい!!」
我慢できなくなったのか、触ろうとした息子がシャワーを浴びてびしょ濡れになった。
すぐ近くの娘も巻き添えを食らい仲良くびしょ濡れ。
「またふざけて濡らして。お母さんに怒られても知らないぞ」
一応忠告はしておいたが、水遊びを始めた子供がそんなものを聞いた試しは無い。
そうだ、もっとだ。
沢山遊んで素敵な大人になってほしい。
願わくば、
大きくなったあとでも、七色の輝きに夢中になっていた事を忘れないで欲しい。
あの帯は親子を繋ぐ橋であると俺は願う。
〜おしまい〜