【イムラヴァ:一部】十一章:The Point of No Return.-6
「止まってくれ。ユータルスのアランだ」アランは、暗がりから身を現して、男達に名乗った。
「アラン!」ウィリアムの顔がぱっと明るくなった。「よかった、心配していたんだ」
隣にいた男が、冷静に聞いた。「お前をさらった奴らは何処にいる?」
「さらった?」アランは聞いた。それから、自分が居なくなったのは、悪魔の人質になるためにさらわれたせいだということになっていたのだろうと思い至った。
「違う。さらわれたわけではありません」
「では……」ウィリアムと、他の男達の顔に困惑の表情が浮かんだ。この男は少々変わっていると聞いていたが、どうやら本格的に頭がおかしいらしいと思い始めているようだ。アランは、抜き身の剣を皆に見えるように掲げた。
「私は、自分の意志でここに来た。あんた方が悪魔と呼んだ、彼らを救うために」男達が息をのんだ。
「アラン!」
「悪魔に魂を売り渡すのか!ルウェレン!」男が声を荒げた。そういえばこの男は、信仰が厚いシプリーの村の出だった。教父から、あること無いことたっぷり吹き込まれたのだろう。アランはこの男に、燃え上がるような怒りを覚えた。
「自分の魂の拠り所は、自分で決める!私は、抵抗もしない弱い者を後ろから斬りつけ、それを誇るような者達と志を共にしたくないだけだ!」
「そこをどけ!今なら許してやらんでも無い!」男の顔は怒りに紅潮していた。
「許しを請うた覚えなんかないね」アランは、剣を構えて男に向けた。「そっちこそ、ここから消えてもらおう!」
このやりとりを聞きながら、ウィリアムの心の中にあった驚きは、ゆっくりとあきらめへ移ろっていった。
――ああ、この娘は、紛れもなく王なのだ。
瞳の中に、言葉にこもった自信の中に、まとう風格に、それを感じる。彼女の周りを取り巻く光は、幼い頃彼が見た光と同じだった。屋根の上で、広大な世界へと続く一本の道を見下ろしていた、威風堂々たる彼女を取り巻いていた光だ。
「この……気違いめが!地獄に堕ちるが良い!」
どんな罵詈雑言を浴びせられても、アランは動じなかった。そんな言葉が自分を傷つけることが出来ないのを知っていた。自分が今、恐怖も怒りも感じていないことにほんの少し、驚きはしたが。それを圧倒してあまりあるのは、これが自分のすべきことなのだという思い。それが喜びとなって体中を駆け抜けていた。
「さあ!」
とは言え、勝ち目があるとは思えなかった。いくら剣の腕が立つとはいえ、歴戦を勝ち抜いてきた目の前の騎士と自分の力の差は歴然。おまけに、向こうは4人。それなのに、彼女の心の中にあるのは奇妙な確信だった。
「おのれ、若造が……」
男達が剣を抜いたその時、恐ろしく大きな陰が、彼らの頭上に落ちた。ブルックスが嘶いて、後ろ足で立ち上がった。誰もが、剣を手ににらみ合っているこの状況を忘れて、空を見上げた。
そして、剣を取り落とした。