【イムラヴァ:一部】十一章:The Point of No Return.-4
「出て行け!」男はアランに詰め寄ると、すごい剣幕で怒鳴りつけた。
「やめてよ、グリーア!」ハーディは今にも泣き出しそうだ。アランを追い返そうとしている男を必死にやめさせようとしている。アランは、きびすを返して――その前にこの男を懲らしめてから――野営地に帰りそうになる気持ちを抑えた。ハーディの為だ。
「私はロイドを助けに来たんだ」アランは男の目をまっすぐ見返した。「見たところ、あんたに助けはいらないようだから、話は後回しにさせてもらう――そこをどけ!」
自分と年の離れた弟ほども年が違う子供に怒鳴り返されて、男は面食らったようだった。これで少しばかり、アランの気分も晴れた。男が何か言うべきことを思いつく前に、ボーデンが割って入った。
「ルウェレンさんがここにいることが知られたら……」
「心配ないと思います。誰にも気づかれなかった」アランは、早速持ってきた荷物をほどきながら言った。
「しかし……」彼らがそう思うのも無理はない。なにしろ、アランは敵だ。今も軍装のままだし、服には彼らの血のにおいが染み付いている。
「ロイド……」アランは、クラナドたちに守られるように、洞窟の奥にいた老人の傍らに跪いた。老人は、目でアランを認めると、弱々しげにほほえんだ。アランはうなずいて、体を調べた。
傷を受けているのは、右腿の外側だ。意外にも、新しい傷ではない。布が巻かれているが、刺さった矢は両端を折られ、足に刺さってからかなり時間がたっているように見えた。これは良くない兆候だ。アランは目を閉じ、大昔に老イアンに教わった処置の仕方を必死で思い出した。
「酒はありますか?強ければ強いほどいい。持ってきてください……それから、火をおこして――大至急!」アランが言うと、凍ったように動かなかった彼らが一斉に動き出した。さっきの男――確か、名前はグリーア――だけは「火をおこすなんて、正気か?きっと奴らにここの場所を教える気だ」と文句を言っていた。アランはその言葉を頭から閉め出し、心の中で手順をおさらいした。とは言え、手順と言うほどのものもない荒療治だ。アランは思い出したように、ボーデンに声をかけた。
「手足が動かないように、誰かもう一人呼んで押さえていてください」
ボーデンの顔がさっと青ざめた。が、すぐにもう一人、体の大きい山猫のシーを呼んで、自分は手を、彼には足をそっと押さえさせた。その間に、アランは自分の剣帯をほどいて、怪我した腿の付け根をきつく縛った。アランが驚いたことに、この老人はかなり筋肉質な体をしている。若木のようなか弱い身体ではないのは知っていたが、この体躯はコルデン城の騎士とも引けを取らない。
「火の準備が出来ました」表から声がかかる。アランは、自分の短剣を抜いて、手近にいた者に手渡した。「この剣の柄を布でくるんで、刀身が赤くなるまで火にくべてください。そうしたら、すぐに火を消すように」アランは、どうかたき火の煙に誰も気づかないで居てくれるようにと願った。あの男が言うように火をおこすのはこの上なく危険だったが、この老人の傷口をふさがなければ、命にかかわる。それに、この人がここにいる者達にとってどれほど大事な人物か、アランにはわかっていた。
「ロイド、さあ、これを噛んでください」アランは木ぎれを差し出した。彼はうなずいて、それをしっかりと咥えた。酒の準備が遅い。振り返ると、革袋を手にしたクラナドが右往左往している。ロイドが飲みやすいように、手近な容器を探しているところだった。
「そのままで良いから持ってきて!」
「飲むんじゃないのか?」小さなつぶやきがどこからともなく聞こえてきた。なるほど、私が呼ばれたのは正解だったかも知れない。少なくとも、ここにいるひとたちよりは適任だ。アランはロイドに酒を飲ませ――彼はコップが無くても文句を言わなかった――呼吸が少し落ち着くのを待った。