百一夜の夢の後〜三夜〜-1
「牡丹姐さん…っ!」
「お久しゅうございます」
町娘の着物と結い髪がすっかり馴染んだみそかと、さりげなく側立つ蔵ノ介の姿にささくれ立つ心が癒される。
二人手を離れがたく結ぶ様はいと睦まじく、以前は微笑ましさしか浮かばない心に今は眩しいものを見たような心地になる自分に戸惑い、沈黙の距離を埋めるよう言葉を紡ぐ。
「みそか…ホンにお久しゅうございんす。そして甘味の君も、みそかをきちんと大事になさっていんすね?」
「勿論。牡丹花魁」
確認するまでもないこと。
蔵ノ介の傍笑うみそかの晴れやかな笑顔さえ見ればわかる。
……よかった。
あなた二人さえ幸せであるのなら、あちきはそれだけで笑えるから。
「牡丹姐さん、これ…蔵ノ介様と選びました。今流行りの『くじ菓子』といいんす」
「こら、みそか。廓詞はもうやめぇ言うとるのに」
「ぁ、蔵ノ介様……ごめんなさい」
町娘の格好はしても長年花街にいた身。
…その身に降り掛けられる苦労もあるだろう。
でも蔵ノ介の眼差しをみればどれほど慈しみ愛しみの繭の想いに包まれているかがわかる。
みそかの謝る癖は相変わらず。
それでも確実に、良い方へ全ては向かっているのだろう。
以前は自分を卑下して謝罪ばかりのあの子が、今はその真意を汲んで笑みを含めながら謝罪できていることに、ただ一人に愛され見守られることの尊さがわかる。
「ホンに…みそかは相変わらず。でも二人仲睦まじい限りは安心しんすねィ。見てて…安心する」
語尾は思わず廓詞も抜け瞳が潤むのが自分でわかれば情けなくなった。
あちきの大事な密かみそか……もう蔵ノ介だけの花になったあちきの可愛い子。
みそかも幸せで、蔵ノ介も幸せで、なのにどうしてか――さみしい。
ふいに襲う胸の空洞に震える声に気づいて欲しくない。
二人の前では姉として姐として、気丈にありたい。
「さ、せっかくの菓子…皆で……これ、…」
取り成すように菓子に話題をやるけれど、見てしまえばどうして心から気丈にあ
れるだろう。
「さくらやの『くじ菓子』です。中に御神籤が入れてあるそうで、……牡丹姐さん?」
くじ菓子……。
毎日のようあちきに拙くけれど細やかな雅に鈴忍ばせて届いた袋菓子は、くじ菓子と言うのか。
――名すら知らなかった。