百一夜の夢の後〜三夜〜-2
「牡丹、姐さん…?」
「……何でもありんせん。少し疲れていんしたから、甘いものは有難いなァ。ありがとうございんすね…みそか」
あちきにこの甘さの名を教えくれて、ありがとう。
誰にも言えない気持ちを今はまだ心に鈴の音と忍ばせ、それでも紛れもない感謝だけは声にして。
みそかと食べたくじ菓子にあったあちきの御神籤は、『動くが吉』と書いてあった。
「竜さん……また桜木町を夫婦歩きしたく思いんす」
見上げるよう顔覗き込み胸の袂ちらつかせ、竜さんの鎖骨をついと指先一筋でなぞる。
「おぉ、牡丹は確か甘味が食べたいと、あのときはややのようなことを言ったな」
頬も気も緩ませ肌を撫でながら言う竜さんにしなだれかかり、唇尖らせ拗ねたふり。
「ややとは酷いんでありんせんか…女子供は甘いもんには目がないんでございんすよ?」
「よしよし…連れていってやろう」
竜さんには悪く思うけれど…あのくじ菓子の、――さくらやに行きたい。
でも…同時に鈴の君を知るのも、鈴の君のことを誰かに訊いてそのこと知られるのも、恐れる自分がいる。
こんなに愛おしいと思えるものを誰にも知られたくない。
知られたら、…きっと奪われてしまう、潰されてしまう。
あちきは誰か一人に心奪われるの許されない花街一の夢みせる高値で買われる花魁だから。
鈴の君の前では花街一の牡丹花魁としてでなく、ただ…花街に流れる前の欲に浴び濡れる前のような、ただの娘でありたい。
「あぁ、竜様らっしゃい。本日はえらく美人をお連れでして」
「おぉ。だろうだろう花街一の花魁だ」
「初めてお目にかかりんす。牡丹といいんす。先日こちらのくじ菓子、頂きんして…美味しゅうございんした」
くじ菓子の名を出し探るよう目線をさくらやの旦那に送れば、鼻の下をのばし舐めるよう結い髪の先から鼻緒まで見られるばかりで、いつものことながら辟易してしまう。
「いやぁ…。お褒めに与り嬉しいがな、実はくじ菓子はなぁ……おれじゃないんだ。弟子の佐助にしか、アレは作れねぇ……あいつだけの菓子だ。おーい佐助!ちょっと来い!」
「何ですか?旦那」
店の周りには花街一の花魁がいるそうだと騒がしくなる中、軒から表れた男はその騒ぎを気にも止めず静かにゆったりとこちらに歩いてくる。