妹(あい)-1
「お前は男失格だな」
授業中、真面目にノートを取っていたら、隣に座る悪友どもがいきなり雑誌を見せてきた。
開かれたグラビアのページをただ黙って見ていたら、思わぬ事を言われた。
「何でだよ・・・」
「この希望の詰まった膨らみを見て平然としてる、だからお前は男失格だ」
「そうだそうだ、このふにゃふにゃ野郎」
何でそう言われたのか、分かっている。
でもいつも言われる事だから敢えて分からないふりをした。
その雑誌のやつには、必要以上に胸元を強調したポーズの、際どい水着を着たアイドルが写っている。
「もう俺たちだけで楽しもうぜ、なあ木下」
「そうだな太田クン。野崎にはわからんのだよ、膨らみの素晴らしさってものが」
「そうだ、だからあんな可愛い妹もほったらかしなんだ」
今は授業中だろ、と思いながらもう一度黒板に書かれた字をノートに写していく。
俺だって、その素晴らしさがまったく分からないわけじゃない。
むしろ、そういう欲求はこいつらと変わらないはずだ。そのはずなんだ。
(・・・やっぱり、¨あれ¨のせいかな。嫌じゃないが見てもあまり興奮しないのは)
いつもつるんでるこいつらも知らない、俺の秘密。
「見てみろ、岩に押しつけてこんなに歪んでるぞ。こりゃあ相当柔らかいって」
「触ったら即昇天しちまいそうだぜ。あ〜触りてぇ〜」
お前ら、そうやって真面目に授業受けないからいつも赤点追試コースなんだよ。
いくら注意しても聞かないから、大概の先生はもう諦めてる。やれやれだぜ、追試よりも大事なのかな。その希望ってやつは。
放課後、真っ先に校舎を出て駅に向かう。あいつから逃れる為に。
自転車を飛ばして、脇目もふらずにひたすら走った。
地下の駐輪場に置いて階段を上がったところで、いきなり目の前に人影が飛び出してきて・・・
「うわっ?!とと、うわぁああ!!」
思わず仰け反ってしまい、階段から転げ落ちそうになったところを引っ張られた。
ありがとう、誰だか知らないけど助かった。あれ?でも考えてみたらこの人が飛び出したから、びっくりして・・・
それにこの人、何処かで見た事ある様な気がする。まさか
「お兄ちゃん、ゲット♪」
う、嘘だ。嘘だこんな事〜!!
見た事あるどころか毎日家で会ってるじゃないか。顔を忘れる筈がない。
「終わってすぐに教室行ったらもう居ないんだもん。駄目じゃない、私を置いていっちゃあ」
くそっ。
いつも教室出る前に捕まるから、そこさえ振り切れば大丈夫だと思ったのに。
まさか自転車の俺よりも早く駅に着いたっていうのか?
「全力で走っちゃったよ。校舎からお兄ちゃん出るの見えたから」
走ってきたんだな。その膨らみをちぎれそうな程に揺らせて。
・・・もう覚悟するしかないか。
捕まったら最後だ、俺は蟻地獄に落ちた蟻だ。
前に無理矢理引き剥がそうとしたら、交番の前で騒がれたからな。
あんなのは二度とごめんだ。
俺の名前は野崎陽一。
そして、妹の名前は藍(あい)という。
俺のひとつ下で今年高校生になったばかりだ。
藍は、俺に今駐輪場に止めたばかりの自転車を出させ、後ろに乗り込んだ。