ホーンテッドアパート-1
鳴き声が耳にこびり付いてしまいそうな程、蝉がうるさくてしょうがない。
もうすぐ夏休みか。早かった様な、でも短かった気がする。
大学に通う為に上京してきたのがまるで昨日の事みたいだ。
高校までとはまるで違う環境に戸惑っていたのも、せいぜい入学式から一週間。
気が付けば早くも学食の日替わりメニューを覚えていた自分がいた。
きっと、あいつの・・・亮太の影響だと思う。暇さえあればあそこにいるから、冗談で寝泊まりしてるだろと言ったことがある。
暇さえあれば学食に行き、何人か集まり誰からともなく話を始める。
こないだ行った牛丼屋の店員の態度が気に食わないとか、あの先生の講義は受ける意味が無いと名指しで口にしたり・・・
大学生は煙草も吸えるし、お酒も飲めるから大人だと思ってた。でも、話の中身は高校の時と変わらないな。
「おう、遅かったな明」
亮太はいつもの場所、給茶機の前でお茶を飲んでいた。恐らく最初の一杯目ではなさそうだ。
季節を問わず一年中熱いお茶を飲むのがこだわりらしい。
今は、外は炙られる様な暑さなのに飲む。本当に変わった奴だ。自分のこだわりなんて、他人から見たらそんなものなのかもしれないけと。
隣の亜弓ちゃんが、俺と目が合ったのに気付いて軽く微笑みかけてきたのを、会釈で返した。
「何か用か?」
「大事な用事だ。今からいちゃつくから実況しろ」
亮太は亜弓ちゃんの肩に手を置きながら言った。
大事な用事だ、なんて言いながら声の調子は普段と違わない。
ここ最近じゃ挨拶代わりみたいになってる事だ。
「外はアスファルトから陽炎が上がっているのにこのバカップルはいちゃついております。
暑苦しくて実にイライラしますね、特に男の方が鬱陶しいです!」
「私情を入れるな、ちゃんとやれ。それがプロだ」
亜弓ちゃんは亮太のノリについていけてないが、今回もいつもと同じく冗談なのであまり嫌がってはいない。
「私、合川亜弓は彼氏と名乗って勝手につきまとう呂田亮太をうざいと思っています」
「適当な脚色すんな。嬉しいに決まってるだろ」
「勝手に決めるなって。ねえ亜弓ちゃん」
これが、二人の愛情表現なんだ。これが普通の、人間同士の・・・やりとりなんだな。
「夏なのにくっつきすぎだろお前。亜弓ちゃんが汗臭くなるだろ」
「アホか。互いの体温を感じるのは恋人同士の喜びだぞ」
・・・・・・熱、か。
普通はそうなんだろうな。肌と肌が触れ合えば、熱い。当たり前の事、なはずだ。
「お前は普段から匂いだとか熱だとかよく言うな。あまり神経質だと血圧上がるぞ」
湯気が上がるお茶をぐびぐび飲むお前が言うか、と返したらまた亜弓ちゃんが笑った。
・・・匂いも、体温も、普通の人間なら誰にだってあるものだ。
そう、生きているものならば、誰にもあるはず。
指摘された通り、俺が何故そういうものを気にかけるのか。その理由は・・・・・・
大学から幾つか離れた駅を降りて、そこから自転車で5分走れば我が家に到着。
家賃が低めで、更に大学まで近いアパートが見つかったのは幸運だったと今でも思う。
体にべったりまとわりつく蒸し暑さも構わず階段を上がり、二階に上がってすぐのドアに鍵を差し込んだ。
もうすぐだ、このドアを開ければまた会える。