ホーンテッドアパート-2
「ただいま」
玄関には他に靴は無い。たった今脱いだ俺の靴だけだ。
別におかしい事じゃない。俺の場合はこれが普通だから。
「いないの?磨依」
声がしないので聞いてみたけど返事が無い。もしかして本当にいないとか。
「どこ〜〜?かくれんぼしてないで出てきてよ〜」
扇風機を起動し、床に腰を下ろして鞄を無造作に置いた。
・・・こうして見るとどこに居るのか全く分からないな。初めてじゃないのに。
探すのを待ってるんだな、じゃあ敢えて何もしない事にしよう。
こういう時は探す素振りを見せると、面白がって却って出てきてくれないからな。
べとつくシャツをぱたぱた扇ぎながら、携帯でテレビを起動した。
『ばあ〜〜〜!食べちゃうぞ〜〜!』
突然真横に¨彼女¨は現れた。
「ただいま、磨依」
俺が笑いかけると、磨依は下唇を突き出したまま何も言わない。
「磨依、ただいま」
『お帰りなさい!たまには驚けよぉ』
不満そうだったけどようやく返事してくれた。
磨依はかくれんぼするのが好きで、たまにこうして帰ってきた俺を驚かせようとする。
きっと、初めて磨依を見た人は腰を抜かすだろう。
小麦色みたいな明るい金髪に、大きなブラウンの瞳。顔の造りは猫に少し似ている。
透き通る様な白い肌・・・いや、実際に透き通っている。磨依の向こうが透けて見えるから。
彼女は¨人間¨じゃない。
人間の姿をしているけれど、実体が無いのだ。
つまり¨幽霊¨なんだが、普通の幽霊とはちょっと違う。
『ここ、蚊に刺されてる。痒くない?』
「え?マジかよ。気が付かなかったぞ」
俺の頬をつつく指先だけが実体となって、この空間に存在している。
細長く形のいい曲線を描く爪、ささくれひとつ無い美しく華奢な指先。
(全身を実体化させるのは無理なの。何回も試してみたんだけどダメみたい・・・)
磨依以前言ってたが、そういう事らしい。
なぜ出来るのかは本人でも分からないらしい。
そして、例え触る事が出来ても、磨依には普通の人間にはあるものが無い。
・・・体温が無いんだ。
『こうして私が触れても、熱が無いから・・・つまんないよね』
磨依の言うとおり、触れている指先には熱が無い。でも冷たい訳でも無いから、気にする事は無いと思うぜ。
普段の磨依はよく笑って明るいんだけど、落ち込みやすいところもある。
「そんな事無いよ。気にしすぎだ」
『うん、明が言ってくれるんなら気にしない』
そして記憶力は・・・
基本的に、今日言ったり聞いたりした事は明後日辺りには忘れている。だから鳥よりは良いと言える。
今まで幽霊と話した事が無いから分からないが、皆こんな感じなのか?
初めて磨依と会ったのは、このアパートに引っ越してきて粗方荷物の整理がついた日の夜だった。
あの日は確か入学式の前日で、付近の散策も一区切りついた頃だったな・・・・・・