【イムラヴァ:一部】十章:傷ついた獣-6
「アラン」アランは、誰かが自分の肩を叩いているのに気づいて顔を上げた。どうやら、たき火の前で座ったまま眠ってしまっていたらしい。見ると、ウィリアムが心配そうな顔でのぞき込んでいた。
「大丈夫かい?」
「あ、ああ……」アランは頭を振って意識をはっきりさせた。自分がどこにいるのか、何を見たのかが、堰を切ったように頭の中に流れ込んできて、思わず顔をしかめた。「今日みたいな戦いは、もうしたくないな」
ウィリアムはうなずいた。「うん。いくら使命だとはいえ、今日の戦いはさすがにつらかった……僕も宴会に加わる気にはならなかった」アランは、その言葉にかみついた。
「使命?無抵抗の者を、後ろから攻撃して殺すのが使命か?」そして、誰にともなく首を振った。「あれは虐殺だ……彼らは獣とは違う。もちろん悪魔なんかでもない」
「どうして……その、前に彼らを見たことがあるの?」ウィリアムが遠慮がちに聞いた。ウィリアムとアランは、物心がつくころからいつも一緒にいた。2人が共有していない思い出は、そう多くはない。ウィリアムは次期領主だ。アランが知らない事を知っていて当然だが、その逆はほとんど無かった。アランはウィリアムの問いかけにうなずいた。
「少し……変わってるだけなんだ。外見が。本質は私たちと何も変わらない」アランは深くため息をついて、あたりが静まりかえっていることに気がついた。
「みんなは?そういえば、やけに静かだ」
ウィリアムはくすりと笑った。「みんな眠ったよ。どのみち、酒のない宴会なんてそう長くは続かないし」
国教徒は、基本的には禁酒をしなければならない。普段の戦いならば、そんな戒めは何処吹く風と、みんなして酒を飲み交わして大騒ぎするのだろうが、今日は修道騎士を交えた、悪魔との戦いに勝利した日だ。神の威光とやらを感じずには居れなかったのだろう。いつの間にか、みんな立派な国教徒になっているようだ。アランは苦々しく思った。いや、そう感じているのは私だけで、みんな本当は、ずっと前から立派な国教徒だったのだ。
「そうか……」
ウィリアムは立ったまま所在なげに手足を動かしていたが、不意に、アランの前に腰を下ろした。
「アラン、大事な話があるって言ったよね」決然とした面持ちに、アランは何故か不安を覚えた。
「え?ああ……」
ウィリアムは、深く息を吸って、言った。「僕と結婚してくれ」
「ああ、結婚か――結婚?!」アランは驚いて立ち上がりかけた。それをウィリアムが制して、再び座らせる。彼はそっと、アランの手を取った。
「いきなりの事で驚くのはよくわかる、でも……」
「ウィリアム、冗談はよせ……私は男だ!」アランは抑えた声に精一杯怒りを込めていった。「正気なのか?それともお前、その……あれか?」
「アラン……僕に対していつまでも嘘をつく必要はないんだ」アランはウィリアムの手をふりほどこうともがいたが、まるで手枷のようにはなれない。いつの間にこんなに力が強くなったんだ?
「君が女だって事、しってるんだ」その言葉が、平手打ちのようにアランに直撃した。彼女はもがくのをやめた。
「いつから?」
暴れたせいで髪は乱れ、癖のある前髪が片目を覆っていた。月と星の光を集めて、彼女の瞳はまぶしく、危険に光った。