【イムラヴァ:一部】十章:傷ついた獣-5
「何をしている、さっさと進軍せんか!」すれ違い様、怒声がアランの背中を叩いた。尻を叩かれたのだろう。ブルックスは驚きに嘶いて、慌てて歩を早めた。
死体は、みなうつぶせに倒れている。矢を受けた背中、剣を受けた背中、ほとんどが背中に傷を負っていた。耳から肩までばっさりと……哀願の声は聞き届けられなかったに違いない。討伐隊は、無抵抗の彼らを後ろから攻撃して殺したのだ。
「畜生……」
なぜ、こんな殺され方をしなければならないのだ?悲しみと、怒りが彼女の心に戻ってきた。彼らは、故郷を追われただけだ。どこへ行っても受け入れてもらえないから、静かに森の中で暮らしていただけだったのに。殺される理由なんか無い。
ああ、何故、私は彼らを助けることが出来ないのだろう!
アランは、手綱に跡が残るほど、きつく握りしめた。
死体の道は、湖の畔で終わった。アランが遅れて到着する頃には日が暮れていて、追走もとっくに終わっていた。兵士達はテントを張り、薪を炊いて夜営の準備をしていた。兵士達が集まる場所の少し外れた場所に、アランは一人でテントを張って、火をおこした。ひどく疲れていた。一度も剣を抜いていない。それなのに、何百人もの血を体に浴びたような気分だった。
――少なくとも、ロイド達の姿は見なかった。ハーディも、ボーデンも無事だ。そうであってほしい。
冷たい湖の水で顔を洗うと、ようやく落ち着いた。しかし、鼻の奥に染みついた血のにおいは消えない。一生消えないまま残るのではないかとさえ思える。向こうの方で、今日の大勝を祝うどんちゃん騒ぎが始まっていた。神のご加護があったから、このように輝かしい勝利を手に入れたのだ、とか何とか……。
「くだらない……」アランは、他の陣営の者の目を遮る位置にテントを設え、その陰に隠れるように薪をしていた。
「おい、そんなに端っこにいたら敵の的になるぜ」
兵士が声をかけてきた。親切心からの言葉なのだろうが、アランは曖昧に返事をして兵士を退けた。どのみち、彼らが自分たちを襲うはずがないではないか。彼らからしたら、この軍隊はまるで悪魔だ。そう、私たちこそが。
「いいんだよ、そいつは気にするな」他の兵士が、最初の男に声をかけた。「こいつは変わり者なんだ。放っておけ」
ふん、変わり者で悪かったな。たしかにお前らとは違うさ、ありがたいことにな。アランは密かに悪態をつき、落ちていた小枝を火の中に投げ入れた。こうしてたき火を見ていると、ロイドやハーディたちの顔が思い浮かぶ。頼むから、殺されたりしていないでくれと、アランは強く願った。