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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】十章:傷ついた獣-4

 木の枝をかいくぐって、馬も人も、徐々に走る速さを上げてゆく。無秩序に並んだ木の幹の向こうは明るい。若い柳と灌木がまばらに生えているだけで、戦いの邪魔になるような大きな木はなかった。喧噪と血のにおいが近づくごとに、心臓がどくどくと、重く早く打った。意味をなさない叫び声の塊が、次第に聞き取れるようになってくる。男達の怒り、女達の悲しみの声が聞こえる。剣と剣のぶつかる音。自分の体内の血が、ものすごい早さで巡る。

 ――これが戦いなのか。

 鬨の声を上げ、ロバートが剣を振り上げた。歩兵も騎兵も、全力で疾走していた。

 アランは馬を止めた。

 ――これが、戦いなのか……?

 あたりには、むっとするような血の臭いと、貪欲な蠅の羽音が立ちこめている。駆けてゆく騎士が風を起こし、地面を覆う霧を一気に払うと、切り捨てられた死体が転がっているのが露わになった。アランはこみ上げる吐き気を必死に抑えた。胃が絞り上げられて、内臓がグズグズの泥になったようだ。

「悪魔を倒せ!」そう叫ぶ声が聞こえた。

「違う……」

 誰かが悪魔と呼んだ彼らはシーたちだ。間違いない。間違えるはずはない。ついこの間あったばかりなのだから。彼らの内、武器を持つ者は多くはない。うち捨てられた荷があちこちに散らばり、彼らが来ているのと同じくらいぼろぼろになった衣服が散乱していた。シーたちは、すでに息絶えている者だけでも百人は居た。血の海をゆく蹄が、胸の悪いぐしゃっと言う音を立てる。ある亡骸は驚きに目を見開き、別のものは声を奪われたまま永劫の叫びを上げていた。

「違うよ……」

 生き残っている者は馬にまたがり後ろを気にしながら、必死の逃亡を続けている。武器は手にしていても、踏みとどまって戦うものはいなかった。数が違いすぎる。それに、戦える者達ばかりではない。助けてくれという彼らの言葉は、聞き届けられずに終わった。子供の声、女の声、老人の声までも。幾つもの叫びが、ピリオドを待たずに断ち切られる。アランはうわごとのように、違う、とつぶやき続けた。

「何だあれは?」

「ああ、神よ!」

 あとから戦場にやってきた男達が、熊の顔を持ったシーの巨体を見て悲鳴を上げた。そう、おそらく彼らの目にはこれが悪魔に写るだろう。血を流して横たわる異形の者達が、近隣の村を襲い、婦女を強姦して、金品を奪ったと信じるだろう。シーは、法教の聖典に描かれた悪魔の姿――角や、牙を持った獣のような生き物――そのものなのだから。

 ロイドは、自分たちは悪魔ではないと言った。それは、アランをごまかすための方便だったのだろうか?いや、そうではない。アランは思った。あの老人が、そんなつまらない嘘をつくはずがない。おそらく混同しているのは自分たちの方なのだ。彼らは悪魔ではない。悪逆非道の限りを尽くす、悪魔なんかじゃない!

 どうして気がつかなかったのだろう。教会は、エレンの難民を始末したいだけなのだと言うことに。そのためなら、嘘を広めて、兵を募ることだって平気で行うのだ。トルヘアの王はそうまでして、エレンの痕跡を地上から消したいのだろうか?四十年以上のが過ぎてもなお、手に入れることが出来ない隣の島に対してこれほどまでに苛烈な憎しみを抱いているのだろうか?

 そして何故?ああ、何故私は、彼らを助けられないのだろう。

 アランは、自分の横を通り過ぎてゆく兵士達に遅れて、ゆっくりと馬を進めた。


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