【イムラヴァ:一部】九章:籠の中で、鳥が-2
「俺の目は節穴じゃないんでね、坊主」クリシュナが「坊主」と言う部分にありったけの嘲りを込めて言った。檻の中にいながら、形勢逆転の兆しをつかんでいるかのような余裕すら感じられる。
「何をしに来たかって?盗むために決まってるだろうが、俺のことを泥棒と呼んだのはお前だぞ、間抜け。それと俺が何者かについてだが」ここまでまくし立てて、男はいらだたしげにため息をついた。「そいつに関しては俺が教えてほしいくらいでね」
ウィリアムはまっすぐに、クリシュナの目を見返した。
「俺には記憶がない」彼はあたかも、自分は酒に弱いと言う時のような口ぶりで言った。命に関わることではないが、ちょっとやっかいな問題を抱えてるといった風に。
「俺は何にも盗んじゃいないって。荷物を調べりゃ分かることだ。今夜は調子が悪くてな。この城に入ったとたん妙な気分になっちまって、多分、記憶を失う前に来たことがあったんだろう。とにかく思うように仕事がはかどらねえから、仕方なしに帰ろうとしたわけよ。そこに、あの男装癖の妙ちくりんが変な男に捕まってたんだ。信じろって、そいつの人相書きを描いてやるから、今日の所は俺を逃がしてくれよ」
「妙な気分?どういう事だ?」
クリシュナはいらだたしげにウィリアムをにらみつけた。
「知るか。説明が付かないから妙だって言ったんだろうが……なぁ、頼むよ。逃がしてくれたら惚れ薬の一つでも作ってやるから。何ならあの女に飲ませりゃいい。女っ気はなさそうだが、なかなかの美人だ。たとえ性欲が小指の爪の先っちょ程しかなくたって、効果覿面だ。イチコロだぜ」
「魔法をやるのか、お前は」
クリシュナは肩をすくめた。トルヘアでは魔法を使う事も禁止されている。戦争があった頃の法律で、今では魔法なんておとぎ話の中のものだが、それでも法律は法律だ。自分にもう一つ加わった罪状を、男は素直に受け入れた。
「まあな」しかし、それ以上は話したくないようで、彼は口を閉ざした。ウィリアムが何も言わずに男を観察していると、ついにしびれを切らしたクリシュナが言った。「で、どうするんだ?」
ウィリアムは確信していた。この男は誰も殺していない。それは、アランの狼狽ぶりを見れば明らかだ。どんな状況で出会ったにせよ、アランがクリシュナを怖がるはずはない。あんなに、この泥棒を慕っていたのだから。
さらに、この男の話も、おそらく嘘ではないのだろう。嘘をつかない泥棒など、おそらく泥棒の風上にも置けないのだろう。しかし、どうやらこの男には、泥棒であるという他にも、何かがあるのだ。
取り上げた所持品を見る。魔法と言っても、実際にどんなことをするのか見当も付かないが、ベルトにくくりつけられた革袋の中の瓶や、様々な形をした宝石が、その助けをになうであろう事は容易に想像できる。ふと、その中に古い短剣を見つけた。銀の柄には、エレンの工芸品によく見られる繊細な螺旋模様と、絡まり合ったツタの模様が彫られている。鞘には、エレン王家の紋章であるグリュプスが彫られている。そして、柄頭には、渡り烏――レイヴンを象った黒曜石。見た瞬間、自分も「それ」に見られたような、奇妙な感覚に陥った。いや、気のせいではない。確かに今、烏と目があった。この石は生きている。そして、ウィリアムに敵意を抱いている。それとも、僕は気が狂ってしまったのか?
「これは、お前のものか」ウィリアムの声には感情が宿っていなかった。クリシュナは、いぶかりながら答えた。