あべ☆ちほ-9
「残留思念なら、あるいはあるかもしれない」
自分が幽霊と呼ばれていることを教えたとき「幽霊などいない」と時子さんは語り始めた。
「なんらかの感情を抱いていた人が突如死んだとき、そのエネルギーの全てが瞬間的に無になる。というのは不自然に思える。
そこで、例えば思念子という物質があると仮定する。それは人の感情に起因する粒子である。人間が生きてる間は思念子を放出しながら生活している。それによって言語や表情以外のいわゆる気配や空気と呼ばれる形での感情を伝えている。肉体が死ぬと思念子は爆発的に放出されその場に残留する。もちろん人間の脳には思念子をキャッチする器官があるということになるから、それの敏感な人は人の死んだ場所にその人を見る。という説明のほうが幽霊よりも理解できるし自然」
うつろな眼でガラクタまみれのごちゃごちゃした棚を漁りながら時子さんは語る。
「まあ、言ってる意味はわかるけど…それと自分が幽霊と呼ばれるのは別問題じゃない?」
「そっちは気にならない。私は生きてて幽霊じゃない」
「そういう問題じゃないような気がするけど…」
僕の話を聞いてないのか、聞いてて無視してるのか、時子さんは「あった。あった」とか言ってガラクタの山の中からなにかを取り出した。双眼鏡の上に剥き身のメカメカしい部品が針金で接合されてるよくわからない発明品。
「これ、つけて」
「なに、これ?」
「思念子が視認できるようなる機械」
「……マジ?」
「マジ。だから、つける」
時子さんには自作の発明品の素晴らしさを人と分かち合いたいという内に秘めた野望がある。友人もおらず、発明品そのものもトンでもな代物しかない時子さんでは内に秘めざるを得なかったともいう。
仕方なく僕はそいつをつけることにした。針金で編んだヘルメット状の部分を頭に装着する。と、ちょうど双眼鏡の部分が目に来るようにできていた。なんかよくわからないケーブルが耳の辺りに擦れて痛い。
視界は狭くなったことを除けば普通だ。双眼鏡の元々のレンズとかは取り外されてるらしい。
「似合う?」
と振り返ると時子さんも同じ装備をしていた。
「すごく似合う」
時子さんはそう言って親指をビッと掲げた。
その僕と時子さんの姿が鏡にばっちりと映っていて、かなり笑えた。MEN IN BLACKになり損ねた即連行可能な不審者二人の誕生である。服装が制服というのもコントっぽい。
けれどいつだって時子さんは本気で、しかも全力なので、このギャグセンス溢れるデザインも機能性を追求する中で得たスマートなフォルムだと思ってるらしい。
時子さんは自分を鏡に映して眺めてから深くうなずいて、もう一度心から誇らしげに親指を掲げた。
それから時子さんは白衣のポケットからICレコーダーを取り出した。時子七つ道具の一つ、いつも持ち歩いてる実験記録用のものだ。