あべ☆ちほ-7
「きっと小説版を見てもなにも分らないと思うよ?終わり際に主義主張を込めた話には見えなかったし。むしろ中学生同士が殺し合うっていう状況が一番大切なんじゃないかな?僕はそう思ったけど」
「意味とか結果はないの?」
「うん。やってみたらどうなるかなっていう文章上の殺戮実験みたいなもので」
「悪趣味な実験だぁ」
「実際やっちゃうよりは幾分いいよ。歴史上の大虐殺は大体が実験なしでいきなり実行だったからね」
「悪趣味なのは実験じゃなくて君の話だね?もしかして」
とまあ、それが千穂との始めての会話。
僕と千穂は挨拶も自己紹介もせずに中学生が殺し合う小説について話した。
「ところで、なんであんな顔してたの?」
「あんな顔?」
「図書室で見たとき。眉間に皺を寄せて、すごい怖い顔してたよ」
「それはそういう小説だったからだ。もっと趣味のいい小説だったらもっとかっこいい顔をお見せできたよ」
「趣味のいい小説って?」
「んー、村上春樹とか」
「限りなく透明なブルー」
「それは村上龍」
と、僕は少し考えて、
「その小説の元のタイトル知ってる?」
千穂はぶんぶんと幼子のように素直に首を左右に振った。
それでこそやりがいがあるってもんだ。
僕は千穂の耳元に口を寄せて、
「『クリトリスにバターを』っていうんだ」
一拍の間があって、
「く、くりと、…な”ーーーっ!!」
ぷしゅー。
千穂は顔から湯気を出すみたいに分りやすく顔を真っ赤にして、
ぐでん。
前のめりに二つ折りになって動かなくなった。
「阿部さん?……阿部さんっ!!」
千穂は一切の反応を返さない。それどころか一切動かない。
動かない。一切。その前のめりになった背中も。
背中も?
「こ、呼吸してない!?」
慌てて廊下へと飛び出し、人を呼ぶ。
「だ、誰か!助けてくださいっ!」
奇しくもなにかと同じ台詞になった。