あべ☆ちほ-6
サナトリウム文学に幾度となく登場したペラッペラのパジャマ姿に背の低い、いかにも成長していない肢体がそこにあった。脆弱で無垢で砂糖菓子みたいな印象を一目で焼き付けることの出来る。彼女は、阿部千穂はそんな滅び往く少女像だった。
千穂はベッドの中で本を読んでいた。題名はわからない。カバー付きの、分厚い、文庫だ。
表情は、なんて言えばいいだろう。つまらなそうなと形容しても愛おしそうなと形容しても当て嵌まるような、そんな微笑。アルカイックスマイルというやつだっただろうか。
そこに夕日が柔らかく穏やかに窓から侵入して陰影をつけている。
塵芥の一つ一つすら静止していると錯覚するような完成された、そのままガラスケースに入れて『本を読む少女』と題名を付けたくなるような、そんなジオラマ。
その光景の中の淡い移り変わりを絵画を鑑賞するような気持ちで見る。魅入る。
だから千穂が文庫から顔を上げこっちを見た、ということに僕は気づけなかった。
「バトルロワイヤルッ!」
少し掠れたボーイッシュな声がそれを言った。
かつてない一言だった。後にも先にもこれ以上インパクトのある第一声を僕は知らない。
「…こ、殺し合うの?」
「ち、違くて!学校の図書室でバトルロワイヤル読んでた人!」
ガラガラガラガラ…
サナトリウム文学のイメージは今や音を立てて崩れ、そこにはちょっちアレが残念な方向性に行ってしまった女の子がこちらをビシッと自信満々に指さしていた。
実際、「ビシッ!」と口に出していた。
あいたたた。
「……読んでたけどさ」
「だよね。だよね。ほら、私も。おそろい」
と、ただ捲ればいいだけのものをびりびりと表の部分からカバーを破っていく千穂。
いかめしい黒地に赤と白で構成されたあの独特のフォントで「BATTLE ROYALE」。
「この前ね、映画チャンネルで見たの。私があほだからなのかもだけど、なんだかよくわかんない話だったなあ。んで小説の方読んだらなんか分かるかと思って。あ!でも先生は映画版のが全然良いよね。さすが世界の北野」
世界の北野の名演を自分の手柄であるかのように胸を張る千穂。
どうもほぼ初対面であるとか、なぜこんなとこに僕がいるのかとかは気にしていないようだった。千穂にとって僕は図書室でバトルロワイヤルを読んでた人、で確認が済んでしまっているらしい。
あまりの千穂の無防備さに切なくなって僕は口を開いた。