あべ☆ちほ-33
ようやくのことで僕はナースコールのコードを見つけ出す。機械から伸びたそれは壁を這ってベッドにたどり着き、そして千穂の背中に隠した手の中へと消えていた。
ごめんね。と千穂の目は訴えてた。
なぜ?
答えは馬鹿馬鹿しいほど簡単だった。ここで終わる気なんだ。
「千穂!ナースコールを、早く!」
僕は叫んだ。叫んでいた。
真理も真理。事情もなにも全部無視して最後に残ったのは「千穂に死んで欲しくない」というそれだけだった。
「千穂!」
でも千穂は首を横に振るばかりだ。なにか言いたそうにするけれどもうそれさえも叶わない。口から漏れるのは絶望的な喘ぎと木枯らしのような咳だ。
どうしようもない。僕は身をよじって逃げる千穂を追い詰め、背中に隠した手を押さえつけ、指を開かせる。
千穂は全身で抵抗する。
「千穂。千穂。頼むよ!」
僕のエゴだけど。それでしかないけど。だけど。それでも――。
千穂の掌を開かせながら、千穂の瞳を見つめながら、千穂の身体を覆いながら、千穂の唇にくちづけた。
唇の周りについた血がぬめった。ふいごのような呼吸が僕を拒絶した。それでも。それでも。
指を一本ずつ開かせていく。
小指――薬指―――――中指―――人差し指―――――――――――親指。
「ありがと」
親指を離したとき千穂はそう言って笑った。笑ったはずだ。それからぐにゃりと倒れた。
僕はナースコールを押す。握り締めるように力いっぱい。
殺すだの、死ぬだの、ふざけた話だ。
暗い部屋の隅で僕は千穂を助けてくれることだけを求めて。ぎゅうっと。
*
すぐに駆けつけた看護士と医師によって千穂は手術室へと運ばれていった。
なにかしらの説明と説教を受けた気がするがなにも頭に残らなかった。
千穂が助かったのかどうかを僕は知らない。その日以来、僕は病院へ行ってないからだ。
そして一週間後の一月の七日。冬休みの終わりの日に、千穂が亡くなったという連絡が連絡網で回ってきた。
連絡はただそれだけで、通夜や葬式の日取りなんかは一切なかった。
だから千穂がいつ亡くなったのかは、分らないままだ。