あべ☆ちほ-17
「そう。死に損ないの定義は一般的な人よりも死が近いことだ。そして街は、もちろんゲームセンターは死に場所じゃない。わかるね?」
「ゲームセンターは、死に場所じゃない」
「千穂はどう見たってヘロヘロだし、ゲームセンターは不健康的な場所としては全てがそろってる。騒がしくて、暗くて、煙い。ここにイコールは結べない」
千穂はむすっとした顔でしばらく毛布をもそもそといじっていた。
冬の日は既に山間に落ち込んで紫と黒がまだらに夜を上映していた。
窓ガラスは室内の光量で鏡となり、そこに僕の顔が映った。ひどいヤツめ。僕はそいつを睨みつけた。
「大丈夫だよ」
背後で千穂が口を開いた。
千穂は相変わらず毛布をいじくりながら、そこに自分の話す言葉が浮かんでるみたいにじっと前を見つめて言った。
「私が死ぬのはこの真っ白な部屋の真っ白なベッドの上だよ。間違いない。それにもしゲームセンターで私が死んじゃったとしてもみんな一機落としたと思うだけかもしれない。なにより――」
僕は千穂の見てるところを見つめてみた。もちろんなにもなかった。千穂の口から出たかわいそうな言葉は全て千穂の中から出てきたものだ。
「なにより――どうしても新しいゲームが見たいんだよ。それが命懸けだったとしても。いや命懸けならなおさら」
時として欲望はどんな理論をも裏切る。
しちゃいけない百の理由よりも、したいという一つの欲望が勝つことがある。
そして、それがこれだと僕は思った。思ってしまった。面倒くさいことだけれど。
「わぁ!」
それに出会うと千穂の目が輝いた。新幹線やヘラクレスオオカブトを見た少年的な輝きだ。
それは新入荷のゲーム筺体だ。正面に大きな液晶、手元にタッチパネル。色合いは金とアイボリー。ベールやロココ様式の柱を模した装飾。
そこに千穂は本物のローマ神殿を見たのかもしれない。
「……ぇと。う、ぅあ。ど、どうしよう!?」
「とりあえず落ち着いてみてはどうか」
「や、やってみる」
とても難しい任務を遂行するように緊張しながら千穂はうなずく。そして深呼吸をして、タバコの煙をたらふく吸い込んでむせた。
がっほがっほと盛大に咳き込む千穂。目元に涙まで浮かべている。
「こんなとこ、あの母君に見られたら殺されるな」
んん゛っ!
最後にあのえっちぃ咳払いをして、ふいっと口元を子供のように袖口で拭いて、――それでべったりと血がついた。
千穂はそれを見て大きく目を見開いたあと、いたずらのばれた子供のような上目づかいで僕を見た。