春(2010年度)-3
「なあ、姫木」
正樹は一昨日の晩の事を思い切って切り出した。
「一昨日の晩、桜を見に行ったか?」
正樹に尋ねられ、りんごは照れ笑いを見せた。
「やっぱり、あれ、寺杣だったのか。桜に見とれて、つい。でも、キャラじゃないよな」
「……そんな事」
姫木は可愛いと思うよと正樹は心の中で続けた。
写真屋に着くと二人は写真を受け取り、近くのコンビニに向かった。
テーブルの設置されている店なので、そこで写真を見ようということになったのだ。
正樹は咄嗟にトイレに行くと言って中でりんごの写真を抜き取った。
素知らぬ顔でテーブルに戻ると桜の写真を取り出す正樹。
「凄いな、ちゃんとピントが合ってる」
写真を見て歓声を上げるりんご。
「どんな褒め方だよ」
「えっ?普通、写真てブレたり、指が写ったり、変な光が入ったりしないか?」
「どんだけ写真撮るのが下手なんだよ」
苦笑する正樹に対し、首をすくめて小さく舌を出すりんご。
「仕方ないだろ。機械とか苦手なんだよ」
言いながら、りんごは正樹の撮った写真をあれこれと眺め回し、やがて気に入った何枚かを欲しがった。
「この桜の写真、携帯の待ち受けにしたいんだけど」
「ああ、だったらデータで送るよ」
「凄いな。そんな事も出来るなんて、寺杣、尊敬するぜ」
「あ、いや。そんな事で尊敬されても……」
お互いのメールアドレスを交換する正樹とりんご。
二人はその後もあれこれと話をしたが、放課後からの時間は短く、昨日と同じように寂しさを感じながら正樹はりんごの背中を見送った。
ふと、振り返ったりんごの横顔が寂しげに感じたのは少女も正樹と同じように別れを惜しんでくれているのだろうか。
それとも正樹の自意識過剰なのだろうか。
一人になると、それまでの楽しかった気持ちの数だけ不安と自己嫌悪が戻ってくる。
相手が近くなればなるほどに嫌われたくないと言う気持ちが強くなり、それが故に距離を置きたいという気持ちも強くなる。
アンビバレンツを抱えた少年は家に帰ると自転車を持ち出し、行く当て所無く走り出した。
気が付くと、昨日同じように桜の咲く公園に足が向いていた。
銀河の下に何処までも続く桜並木。
見上げれば薄紅がかった白い花々が天を覆い、枝の隙間からはわずかに覗く天穹。
青い月の光が淡い花弁を透過し、風が吹き抜ける度に雪のように舞い落ちる。
そんな桜のトンネルの中を、自転車に乗った少年が走っていた。
少しあどけなさの残る、柔らかな黒髪の少年。
頬を撫でる春の風はまだ冷たい。
終。