春(2010年度)-2
「なあ、寺杣。今日の写真、現像したら見せてくれよな」
りんごの言葉に正樹は狼狽えた。
もしかして写真に写したことが分かったのだろうか。
「何だかおかしな奴だな」
そう言って屈託なく笑うりんごに、ひきつった笑顔で応じる正樹。
「あ、ああ。現像出来たら学校に持って行くよ」
「楽しみにしてるぜ」
「あ、あのさ、ところで姫木……」
言いかけて正樹は言葉を飲み込んだ。
昨晩見かけた女の子はりんごだったのか、違うのか。
そんなことを訊いて何になる。
頭の中を自問自答が駆け巡る。
やがて気が付くと、日は傾き、夕陽に焼かれて桜が赤く色づいていた。
「そろそろ帰るわ」
りんごが正樹に別れを告げる。
一抹の寂しさを感じる正樹だったが、りんごは 全く頓着しなかった。
夕陽に燃え上がる桜の中、正樹はりんごの背中を見送った。
振り返り、手を振るりんご。
「それじゃあ明日、学校で」
当たり前の再会の約束だが、正樹にはそれが妙に嬉しかった。
翌日、正樹はりんごにどんな顔で接したらよいのか判らなかった。
なるべくりんごと顔を合わさないようにするものの、視線はついりんごの姿を追ってしまう。
しかし、りんごは普段と変わる事はなく、いつの間にか誰かの会話の輪に入り込み、気が付くと別の輪で話をしている。
特定の友人を持たず、かといって誰かに嫌われる訳でもない。
正樹はそんなりんごを見ているうちに自分が何を悩んでいるのか分からなくなった。
りんごが桜の木の下で見かけた女の子だからと言って何だと言うのか。
りんごのことが好きになったとでも言うのだろうか。
しかし、正樹は好きと言える程、りんごのことを知っている訳ではない。
女性を好きになる、といったことがどんな事かもよく解らないのだ。
正樹はできれば平静になれるまでりんごと話をしたくないと思った。
しかし、午後の授業が始まると簡単にその願いは破れてしまった。
化学の実験で同じ班になってしまったのだ。
いつものように何の屈託も無く話し掛けてくるりんごに、正樹は極力平静を装った。
「寺杣、今日はサボんなかったんだな」
「いつもそんな事している訳じゃないさ」
「青い空と白い雲。クリームソーダみたいだよな。今日も良い天気だし、絶好の花見日和なんだけどな」
「情緒的なのか食い気優先なんだか分からない表現だな」
思わず苦笑いする正樹。
「両方だよ、両方。そう言えば、昨日の写真、現像できたのか?」
「えっ?あ、いや。放課後に取りに行くつもりなんだけど」
狼狽える正樹。
手にしたフラスコから派手に煙が立ち上る。
上の空で作業していた為、薬品の量を間違えたのだ。
「(どうにも勘が狂うな……)」
噛み合わない歯車に正樹は自嘲気味に笑みを浮かべた。
数刻後、授業を終えた正樹は下足ロッカーの前で溜め息を吐いていた。
そこへりんごが姿を現す。
「写真屋に行くんだろ。付いて行っていいか?」
「えっ?あ、別にいいけど」
りんごの言葉に、正樹は一瞬戸惑った。
現像に出した写真の中にはりんごを写した物も勿論あるからだ。
とはいえ、咄嗟に断る理由も思い付かず、不本意ながらも了解する。
正樹は駅前の写真屋に向かって歩き出した。