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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】六章:卵-1

第六章 卵





 とはいえ、誰の助けもなしに雛をかえすことなど出来るのか、アランは不安だった。鷲の母親はほとんどいつも卵を暖めていた。剣術の稽古の間や、乗馬の訓練の時などに懐に忍ばせておいて、卵を割らずに済む自信はない。こう言うことは老イアンに聞くのが一番なのだろうが、この間の一件があって以来、イアンに再び会いに行くのは気が進まなかった。彼は明らかにアランの母を知っていて、アランが母親に似ている事実に気づいてしまった。城を出て行く前に、もう一度ゆっくり話をしよう。それまでは、お互いのためにも、黙っている方が良い。

 ウィリアムのこともある。最近彼の様子もおかしい。露骨と言うほどではないが、目を合わせないし、さわるたびにびくびくして、まるでアランが焼きごてでも持っているかのように振る舞ったりする。最近は素行を改めて、滅多に拳も作らないというのに。

「まったく、私がいったい何をしたんだ?」

 そうして、アランは不満を卵に打ち明けるようになった。最初の頃は、ばかばかしいことをしていると我に返って思った。

 何年か前まで、城にベインという男がいた。優柔不断なやつで、ことあるごとに相談を持ちかけていた――鏡の中の自分に。彼は、夕食に出された食べ物に、どれから手をつけるかさえ迷う男だったが、そのたびに腰に下げた革袋から小さな鏡を取り出し、「どう思う、ボガード?」「いいや、それは違うぞ、ボガード」と、こうだ。一体その都度ボガードがなんと返事をしたのかは彼にしか分からない。今、ベインは鏡の中の相棒と一緒に、城の墓地に眠っている。ベインは、狩りの最中に熊と遭遇したら、誰かに相談する前に逃げろと言う教訓を身を以て教えてくれた人物でもある。とにかく、アランは不安に思った。自分も、端から見たらベイン――安らかに眠れ――のように見えるのでは?

「どう思う、卵君?」しかし、 三日も経つとそんなことも気にならなくなった。なにしろ、今まで不満を聞いてくれていた二人が不満の種なのだから仕方がない。それになぜか、この卵の中にいる者が、彼女の話をしっかりと聞いてくれているような気がするのだ。

「何でだろう。お前とはいい友達になれそうな気がするよ」アランは優しく語りかけた。

 手の中の卵は、以前よりも色味を増し、確実に大きくなっていた。自分で鳥の卵を孵化させたことはないが、卵が成長するなんて聞いたこともない。片手にすっぽりと収まる程だった卵は、両手でようやく持ち上げられる程にまでなっていた。さすがに、この卵に宿っているものが鷲ではないと言うことくらいはわかる。しかし、じゃあこれは一体何の卵なのかと言うことになると皆目見当が付かなかった。もしかしたら怪物の卵なんじゃないか、と思い始めたのはつい最近だ。ひょっとすると、孵化した瞬間に灼熱の炎をまき散らし、そこら中を火の海にしてしまうのでは?それとも、手当たり次第に人間を食べてしまうようになるとか。まぁ、そうなったらそうなった時に考えよう。持ち前の暢気さでそう思った。それよりも、今は卵が冷たくなって死んでしまうことの方が怖い。

 結局、アランは剣の稽古や乗馬の間には、柔らかい布で卵を何重にも重ねて包み、暖炉の前に置いておくことにした。それ以外の時間は、なるべく部屋にいて、卵を抱いてベッドの上で本を読んだ。悪魔討伐に備えて城にやってきた、他の領地の兵士達と言葉を交わすが億劫だったという理由もある。今まで誰になんと言われようと、生来の腕白小僧のようなアランは、本をまじめに読んだことなど無かった。おまけに、教会が知識人をことごとく弾圧するので、教師になってくれるような人間が何処を探しても見つからなくなってしまった。アランよりずっと年下の子供は、字が読めないものが沢山いる。アランの場合、小さな頃ヴァーナムや周りの大人達が熱心に教育を施してくれたおかげで、古語や外国語で記された本以外なら、なんとか読む事が出来た。


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