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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:一部】五章:この日を忘れることが出来る日-1

第五章 この日を忘れることが出来る日



 アラン・ルウェリンが王家の血をひいていた。

 ウィリアムは、昨日の夜は一睡も出来なかった。

 ただじっと寝台に横たわり、大きなものが今、ゆっくりと動き出そうとしているのを感じていた。やがて朝日が射し、夜の間にはびこっていた冷たい霧が森の奥へと逃げ帰っても、彼の気分は晴れなかった。若鳥殿下が死んだ。この国に潜む何千、何万ものエレン人が行動を起こすだろう。もはやエレンの支配者は居ない。たとえ、鳥かごに閉じ込められたままだったとは言え、アルテア王は紛れもなく、エレンの民を平穏につなぎ止めていたのだ。次に、その役目を担うことになるのは誰だ?

 アラン。アラノア。彼女が女だと言うことには実は、気づいていた。それを普段彼女に悟られることはないようにしていたけれど。しかし、自分の性別を、十何年も偽り続けることは出来ない。なんと言っても、ウィリアムはいつだって彼女の側にいたのだから。

 彼女の素性がトルヘアに知られてしまったら、アランは彼女の父や母と同じ様に、鳥かごに閉じ込められてしまうだろう。あの金色の瞳で、遠い空を見上げながら一生を終えることになる。もし、彼女がこの城を出て行けば、遅かれ早かれ、エレンと出会うだろう。彼女はいつだって、自分の居場所を求めていた。その居場所を与えてくれる「エレン」に、アランは心惹かれるはずだ。そうすれば、彼女の自由は――そして、運が悪ければ命も――失われる。そんなことはあってはならない。ウィリアムは心を決めた。アランを、この城から出してはならないのだ。

 彼女をこの城に引き留めるために出来ることはただ一つ――結婚だ。

 しかし、彼女はこの城を出て行くことを望んでいる。それを、自分に止める権利があるのだろうか。アランは今十五歳、結婚について考えない年齢ではない。十四で結婚した娘も居る。城に住む女達の中にだって、十六までに結婚できなければ売れ残りだという常識がある。いや、しかし……。さんざん思い悩んだせいで、ウィリアムの目の下にはくまができていた。

「ビリー、おい、大丈夫なのか?」

「え?」アランは、ウィリアムを心配して彼の顔をのぞき込んだ。途端に、朝食時のホールに満ちあふれる喧噪が一気に戻ってきた。

「え?じゃない。全く、今朝は飯もろくに食べちゃいないし……一体どうした?」

 まさか、目の下のくまの理由が、心配している本人のせいであるとは思わないだろう。彼女のことをもうどうしても男としてみることは出来ない。優しくされればされるほど、自分が彼女の秘密を知っていることを意識してしまう。ウィリアムとしては「いや、何でもないよ」と言うほか無い。

「何でもないわけあるか!おい、くねくね動くなよ、背中に鼠でもひっついてるのか?」そう言って、額に当てられた手にさえ、ウィリアムは動じた。今では、アランの一挙一動を意識せずには居られない。たとえ、顔が動かないようにと、万力のような力で頬を掴まれていても。

「熱はないか」アランは不思議そうにウィリアムの顔をのぞき込んだ。「通じがつかないのか?ならもっと野菜を食べろよ。肉ばかり食い過ぎるからな、ビリーは。ほら、私の分をやるよ」

「いいよ、僕は別に……」

「いいから食べろって。私はいらないからさ」朝食の席で下世話な話をするアランを怒る気にもなれなかった。肉しか食わないのはアランの方であって、ウィリアムはちゃんと野菜も、麦がゆも食べている。たまにアランの分まで食べさせられるから、人より多く食べていると言っても良いのだが、それを指摘する元気もない。


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