【イムラヴァ:一部】五章:この日を忘れることが出来る日-5
「えー、そして、貴殿はありがたくも我らが君主より、国教徒にふさわしい名を賜った。コルデン城の城主、ヴァーナム・マクスラス、そちは本日より、ヴァーナム・アマデウスと名乗るがよい」
聴衆は息をのんだ。なんとこの、東の端っこ――国教の一番大きく、権威のある教会は島の東にある王キ、ヘリントンにあるのだ――からやってきた、でっぷりと太った見知らぬ男は、脈々と続いてきた名誉あるマクスラスの名を捨て、アマデウスなどと言う妙ちくりんな名前に変えよと言うのか。それを、我らが城主は認めるのだろうか?
しかし、アランは知っていた。ウィリアムが父に、鋳掛け屋の一家から聞いた話を、ずっと前に伝えていただろうことを。そして、父もまた、息子と同じ決断をしたに違いない。苦渋に満ちた決断を。でも、一体何故、この時期に?
「謹んで」
それだけ言うと、ヴァーナムは口を弾き結んだ。言葉を出し惜しみするかのようであったが、その一言を聞き逃した者は居なかった。モンテヴェラ教父は、皆の動揺をよそに満足げにうなずいた。
「喜んであなたを国教徒、我らが友としてお迎えしよう。ヴァーナム・アマデウス」
一瞬の沈黙の後、誰かが拍手をした。それを聞いて、凍り付いていた聴衆もようやく拍手を始めた。アランは、その拍手を始めたのがウィリアムだったことに気づいて、彼の顔を見あげた。表情を殺した、彼の顔を。
使節団からは、名前の他にも様々な規則を押しつけられることとなった。まず、異教徒や悪魔の類を打つための戦いに際し、国王の呼びかけには必ず応えること。村に教会を建設し、教父を常駐させること。他にも、酒は聖人の祝日にしか飲んではならない。――ここで、大きな落胆の声が上がった――週の七日目には肉を食べてはならない。同じく、週の七日目には、教会で祈りを捧げなくてはならないなど、様々だ。ほとんどの人々は、この長ったらしい教義を聞いている内に嫌気がさし、はじめの頃広間を満たしていた緊張感は失われた。彼らが洗礼を受けた当初は、こんな決まりなど無かったのだ。ざわめきが収まらない広間の中央にいて、今や教父は規則を一つ追加していくごとに咳払いをせねばならなくなっていた。田舎者と異教徒という言葉は、聖職者達にとっては同義語だ。その認識に違うことなく、ユータルスでは未だに、生活の至る所に旧教の名残が色濃く残っている。教会の定めた暦には従いながらも、新しい年の始まりを祝う際には炉の中の薪にワインと果物を捧げ、食卓を月桂樹で飾る。王キのような都会で同じ事をすればたちまち火あぶりになるような事を、この村の人々は平気で行っていた。
「最後に、馬と家畜以外の獣を所有しないこと!」ここまで言うと、教父は勝ち誇ったように聴衆を見渡した。額には汗が光っていた。聴衆は、今再び静けさを取り戻していたが、それは落胆と戸惑いからくるものだった。今までの生活が一変する。いったいこれからどうなってしまうのだろうと、不安な表情がどの顔にも浮かんでいた。
「信仰厚き我らが朋友が、教会の教えを遵守してくれることに疑いは持たない」教父は言った。「それをわかっていただいた上で、早速だがもう一つ、あなたにお話がある……大事なお話だ」教父は、今度は胸焼けしそうな猫なで声で言った。彼は咳払いして続けた。
「他の方々はいつもの仕事に戻っていただいてかまいませんぞ!神の祝福があらんことを」
どうやらこれが解散の言葉らしい。城のみんなは領主の顔を伺った。彼がうなずき、言っても良いと言うと、ようやくみんなは慌ただしく広間を後にした。池から追い立てられる水鳥のように、口々に今起こったばかりのことを話しながら。最後に正装した臣下の騎士達が不安げな視線をよこしてから去っていった。残ったのは、領主と、側近のライル・ダーウィン、ウィリアムの3人だった。アランはみんなと一緒に広間を出て行く振りをして、広間に置かれた長机の下に隠れた。長机には立派な布がかけてあったから、様子は見えなかったが、声は申し分なく聞こえた。「しっ、しっ!」机の下にまいてあった藁を寝床にしている鼠を追い払って、息を潜める。