【イムラヴァ:一部】五章:この日を忘れることが出来る日-4
「誰にも言わないと約束できるか?」アランは厳かにうなずいた。
「昨日の夜、馬たちがあんまり嘶くんで、厩の様子を見に来たんだ。昨日は満月だったから、ランタンを持たんでも足下はよく見えた。だが厩の前まで来た時、大きな陰が月を遮って飛んでいったんだ……鳥にしては大きい。何かと思って、上を見上げたんだよ、そしたら、あれが……」イアンの声は段々と小さくなっていった。彼は背中を丸め、うつむき加減に話をしていたが、思いついたように顔を上げると、まじまじとアランの顔を見た。
「まさか……?」
「え?」
アランはたじろいだ。イアンの目は、アランの顔の上に何かを見ていた。彼は声に出さずにつぶやいた。出そうとしても、声にならなかったのだ。
「アデレード……?」
イアンの唇の上を、母の名前が横切った。アランは、殴られようとしている犬のように身を固くした。その時、息せき切って厩にウィリアムが駆け込んできた。
「アラン!大変だ!」
ウィリアムは息を切らし、呼吸の合間にようやくそれだけ言った。
「どうした?」アランは、彼のただならぬ雰囲気に立ち上がると、今までの会話をわざと忘れてウィリアムの所まで駆け寄った。
「来たんだ……」彼は言った。威圧的な蹄の音が、遠くから響いてきた。
「国教会の……使節団が来た!」
コルデン城は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。使節団を率いてやってきたのは、教会からの通達を伝える役割を担ったピーター・モンテヴェラ教父。城の人間は広間に集められ、国教会の頂点に君臨する国王からの勅令を受けることになった。アランはウィリアムの隣に立って、雪のような白髪をきっちりと結いあげ、同じく真っ白な祭礼服に身を包んだ教父を見た。この城の住人のほとんどが、本物の教父を見るのはこれが初めてのことだった。威圧感に満ちた振る舞いと、なにやら厳かな雰囲気に、敬服する者も少なくなかった。彼らの服装は、彼らの主人よりも豪華できらびやかだったほどだ。しかし、アランや他の何人かは、彼らがマクスラスの名を奪いに来たことを知っていたので、警戒心と若干の敵意を持って使節団をながめていた。さらに悪意を持ったアランの目から見れば、その恐怖は雪で作る人形のようにしか見えなかった。
皆が集まったのを確認すると、モンテヴェラ教父は、お供の者から巻紙を受け取った。蝋の封を解いて巻紙をひらくと、書面を読み上げた。樽のような体型に似合わぬ甲高い声は上品な立ち居ぶるまいを台無しにしてしまった。忍び笑いすらそこここから聞こえてくる。
「コルデン城城主、ヴァーナム・マクスラスに告ぐ。貴殿は、多大なる貢献を認められ、本日を以て、栄誉ある国教会の信徒と認定されるに至った。神の僕として、法の神の教えに忠実に従う事を命ずる。正統にして唯一なるトルヘア王 ゲオルギウス二世」
ここで、広間がにわかにざわめいた。本日を以て?では、今までは信者として認められてすら居なかったというわけだ。洗礼をうけさせ、莫大な布施を募っておきながら、なんて都合が良いのだ。口には出さなくとも、何人もがそう思った。教父は、持っていた勅書を丁重に巻くと、騒がしい咳払いをして聴衆を鎮め、先を続けた。