春の匂い-1
塾帰り。
電車に乗った。
夕方から雨が降っていて電車の床も濡れている。
なんだか小便くさい。
そんでもって、どこかの誰かが香水くさい。
目視的に、多分あのオヤジ。
紺のスーツ着てる、バーコード頭。
他の乗客の服はカジュアルすぎるし、女モンのニオイじゃない。
夜になってもこれじゃあ、朝はどうだったんだっての。
はー。
息を吐きながら両手で鼻と口を覆った。
俺、こういうニオイ、ダメなんだよね。
気分が悪くなっちまう。
クラスの派手系女はいつも化粧くさいちゅーか、香水くさいちゅーか。
ゼニ払ってワザワザ臭くなるって理解できんわ。
あー。ほんとにヤバくなってきたなあ。
でも、車両移るのもめんどくせえ。
電車がとまってドアが開く。
湿気を含んだ夜風が入り込む。
雨の匂いは嫌いじゃない。
また密閉される前に深呼吸したい気分。
(本当にやると、絶対不純物が鼻孔から進入するに決まってるからしないけど)
夜風と一緒に入ってきたオネエサンが俺の隣に座った。
長い黒髪を後ろに纏めている。
物腰やわらか、おとなしそう。
キレイなオネエサンは好きですよ。
彼女は座った膝の上にしゃわしゃわと音を立てながらスーパーの袋を載せた。
彼女の体温でソレが揮発するように香り出す。
これ、苺だ。
…ぐうー。
俺の腹が盛大に鳴った。
やめてくれよ。さっきまで吐きそうだったくせに。
確かに腹は減ってる。めちゃくちゃ減ってる。
今月はつい、マンガ本をどかどか買ってしまったので(いいところで続きは次巻でって終わるんだよ)金がもうない。食い物に回せない。
オネエサンをちら、と見たら目が合ってにこりと笑った。
やっぱし、聞こえたか。
はずかしくて即、視線をはずす。
「ボク、お腹空いちゃったか」
はいぃ?
オネエサンは俺の想像を木っ端微塵にぶちこわした。
清楚そうなオネエサンはどこだ。どこへいった?
『ボク』なんて中学以降で呼びかけられたことなんかない。
オネエサンはそんな俺には構わず、胸ポケットから折り畳まれたスーパーの袋を出した。
袋の口を開け、振り回し空気を入れてひろげる。
「ん。持っとけ」
と、いってそれを俺に差し出す。