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『Scars 上』
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『Scars 上』-21

信じられなかった。
背中でシバの呻き声を聞く。
あのシバがこんなにやられるなんて。
悪い夢でも見ているようだ。
わずかにトラックが走っているのみの夜の環状二号線。
猛スピードで駆けるV-MAX。
少しでも気を抜くと、ハンドルが暴れだしそうだ。
その時、視界に光が差した。
「……えっ?」
ミラーに煌くバイクのヘッドライト。
後方。
自分達に追従するように、三台のバイクが環二に進入してくる。
追っ手?
上手く逃げ出せたと思ったのに……。
私は唇を強くかみ締めて、前を見据える。
アクセルを吹かして、暴走しそうな車体を全力で押さえ込んだ。
増すスピード。
「くっ」
吹き付ける風に、眼球が悲鳴を上げる。
またあの男だ。
吸血鬼のように整った顔立ちをした男。
その冷徹な眼は、まるで私の全てを見透かされているようで……。
身体の奥が熱く疼く。
「もうっ!」
毒づきながら、アクセルを更に吹かしてギアを上げる。
風圧が全身を苛む。
限界のスピード。
ミラーに写る追っ手のバイクがみるみる小さくなっていく。
背中でシバが苦しそうな呻き声を上げる。
ダメだ。
今のシバでは、このスピードに長くは耐えられない。
それでも。
今、ここでスピードを落としたら捕まってしまう!
霞む視界。
チリチリと、スピードに切り刻まれた己の残滓のような白い点が視界に浮かぶ。
広い三車線の道路。
わずかに確認できる数百メートル先の青信号。
このまま突っ切る!
ぐんぐんと近づいてくる青信号。
その下。
横断歩道に蛇がとぐろを巻くようにして待ち構えている数台のバイク。
見覚えのある学ラン。
そのバイクにペイントされた桜のマーク。
それが何であるか理解する前に、頭に警鐘が鳴り響いた。
あれは、敵だ。
敵の待ち伏せ。
赤に切り替わる信号。
車体を地面につきそうなほど、低く倒して。
タイヤが白煙を上げる。
シバが落ちないことを祈りながら、わき道にそれるのだ。
ふと、視界の端に掠める黄色い看板。
恐らくは工事中のマーク。
それでも、私にはこの道を進むことしか残されていなかった。
車の数が全くなくなった新しい車道を駆ける。
乏しい街灯。
平坦なストレート。
背後から聞こえてくるバイクのエンジン音。
数がさっきよりも増えている。
先ほど待ち伏せをしていたバイクも追ってきているらしい。
この道はどこに続くのか。
私はどこに逃げればいいのか。
言いようのない不安が脳裏に浮かんでは、消える。
初めて走る道をただ爆走する。
あとに数台のバイクを従えて。
行く当てのない逃避行。
背中に手負いのシバを抱えて。
ただ、逃げることしかできない自分が。
少しでも不安を感じている自分が。
情けなかった。
どこまでも続いていきそうな暗い道。
緩く坂になっていることを考えると、下の道路と立体交差しているのか。
高い外壁に周りの景色は見えない。


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