『Scars 上』-20
「ふっ」
それでも、俺は全く恐怖を感じなかった。
あくまでクールに、狂気すら感じさせる猛獣を見据える。
「イオリ!」
雷光のようなスピードで俺の前に立ちふさがる、レイとユウジ。
うちの二枚看板。
「ぐうっ!」
火の出そうなレイの拳が、シバの猛進を止める。
休む間もなく繰り出されるユウジの蹴り。
両手をクロスするようにガードしたシバを、後方に吹き飛ばす。
シバの靴がアスファルトの地面をえぐる音が聞こえる。
俺の目の前に聳え立つ、頼もしい鋼の背中。
「まだこんなレベルの奴らが……」
シバの頬を伝う一筋の汗。
「これが俺の力だ」
俺は宣言するように言った。
「……」
俺の言葉を聞いて、呆然としたシバの顔色がみるみる変わっていく。
そうだ。
その足りない頭で、ゆっくりと状況を理解しろ。
そして、悟れ。
俺には勝てないってな。
「うわあっ!」
刹那、部下の悲鳴が響き渡る。
「なんだ――」
次いで聞こえるバイクの咆哮。
駐車場の入り口。
周囲を警戒していた部下をなぎ倒して。
一台のバイクが駐車場に殴りこんでくる。
猛々しいエンジン音。
地面をやかましく擦るタイヤの音。
「くっ!」
俺の目を焼くヘッドライトのハイビーム。
あまりのまぶしさに片手を眼前にかざして。
俺は見たんだ。
月に届きそうなほど、高く車体をウィリーさせて。
長く風に棚引く髪に、淡い月明かりを反射させて。
あの女が。
久留宮明日香が俺の目の前を通り過ぎていくのを。
ギャギャッとタイヤを擦り減らせて、アスカが俺たちとシバの間に急停車する。
メットも被らずに、バイクを低く唸らせるアスカが俺たちを鋭く一瞥する。
またあの眼だ。
燃え盛る火炎のような瞳。
俺たちに睨みを利かせたまま、弱々しく衰弱したシバを背中に跨らせる。
「退くよ、シバ!」
急発進するバイク。
息を吹き返すエキゾースト。
それは一瞬の出来事だった。
時間にして数分とかかっていない、見事な救出劇。
俺たちは間抜けな面で走り去っていくバイクを見送ってしまう。
「……核弾頭みたいな女だな」
思わず、そう漏らしてしまう。
「あの娘、こないだの」
呆然と、車道に出てスピードを上げるバイクを見送りながらユウジが呟く。
「イオリ?」
レイが怪訝なものを見るように、俺に声をかけた。
……なんなんだろうな。
なぜか頬が緩んで笑みを浮かべてしまう、自分が不思議だ。
まあ、そうこなくっちゃな。
俺は、バイクが走り去った方面に目を向けながら、頭を切り替えていく。
駐車場に面した環状二号線。
交通量の減った深夜。
アスカが走り去った方向。
「……あのパターンが使えるかな」
俺はケータイを取り出すと、バイクを所有している部下達に指示を出し始める。
桜花の誇る機動部隊。
「まだ夜は始まったばかりだぜ」