続・危険なお留守番・女子大生由真-1
桜の季節になると、いつも思い出す光景がある。
川べりの土手を埋め尽くす満開の桜並木―――。
その淡いピンク色のトンネルの下で、幼い妹がしゃくり上げながら泣いている。
家からずっと駆けて来たのだろう。
ひんやりと涼しい花冷えの朝だったが、由真の額にはうっすらと汗がにじんでいた。
「……由真も……お兄ちゃんと中学校……行く……っ」
涙声で途切れ途切れに訴えながら、和也の右腕にぎゅっとしがみつく由真。
「お昼までには帰るから……お留守番してて?………ね?」
スーツ姿の母がしゃがみこんで由真の頭を撫でている。
「やだっ!由真も行くの!」
甘ったるい砂糖菓子みたいな声に精一杯の怒気を込めて、由真が泣き叫ぶ。
いつもは我が儘などめったに言わない、おっとりとした娘のただならぬ剣幕に、母親も途方にくれている。
近所の同級生がニヤニヤ笑いながら脇を通り過ぎていった。
「―――由真離せ。兄ちゃん入学式始まっちゃうだろ」
和也は無性に恥ずかしくなって、まとわり付いてくる由真の腕をわざと邪険に振りほどいた。
「やだっ!行くんだもん!」
予想外の勢いで再びしがみついてきた由真を、和也は思わず強い力で突きとばしていた。
「―――離せって!」
しまった―――と思った時には既に遅く、小さく華奢な身体は、地面に尻持ちをつくような格好であっけなく転び、由真は火がついたような大声で泣き出した。
「……な…泣くなよ……」
由真はずるい――。
いつだって泣けばなんとかなると思ってるんだ―――。
早く着たくてずっとワクワクしていた新品の制服の袖が、由真の涙と鼻水で汚れている。
『泣きたいのは俺のほうだ』と思った。