『春』-6
「…―!」
「鏡に写った自分はどう?
美しいでしょう?」
鏡を凝視して固まる彼女を、背後からハグした。
目の前の、貝殻のような耳に、口を近付ける。
「…今日は、ここでしよう、な?」
かあぁっ、と頬を紅潮させる彼女と、鏡の中で視線を交わす。
慌てて目をそらすが、おとがいを手で固定されてしまい、それでも頑なに目をつむる、そんな彼女が愛おしくてならない。
「知っているよ、さくら。
こうして見られて、嬉しいんだろう?
ほら、見て…満開になっている」
彼女の体を開き、よく見えるように光を当てる。
「あぁ…すごい…
どうしよう、あたし、気持ち良いの…」
もう、彼女は、彼に抱かれて、うわ言のように呟くばかりだ。
「ねぇ、もっと…もっと抱いて…!」
「…こう?
これ?…こっち?…ねぇ?
…それとも……こう!?」
「…ふあぁっ!」
とりわけ強く彼に抱かれ、彼女は美しく狂い咲く。
「さくらっ、さくら…!」
「あぁっ、イイの、イイのぉっ…!
あっ…は…る、か…んぅっ!
はる…春風ぇ…春風!!」
ざあっ、と突風が起き、里の人々は歓声をあげた。
里の外れの沼のほとりで、人々は桜見をしていた。
年明けの大雪で、桜の枝が折れてしまい、今年の花はどうなるかと危ぶまれたが、いつもと変わらぬ量の蕾を付けた。
昨日の春の嵐では、樹が倒れないよう縄で支えてやり、折れた枝の部分も、手厚く保護をした。
おかげで今年の桜も美しい。
太陽が見守る中で、春風は桜を抱いた。
里に、春が来た。
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