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【イムラヴァ】
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【イムラヴァ:第一部】二章:コルデン城のルウェレ-1

第二章 コルデン城のルウェレン



 天光暦1333年 秦皮(トネリコ)の月 トルヘア、ユータルス



 アラン・ルウェレンは、12年間、たとえ義理の親からとは言え、惜しみない愛情を以てはぐくまれた人間が身につけているべき分別の、半分も持っていなかった。

「おーい、ビリー!」

一方、コルデン城の城主、ヴァーナム・マクスラスの息子ウィリアムは、アランよりも2つ歳下であるにもかかわらず、すでに次期城主にふさわしい風格を漂わせていた。しかし、そんな風格も、アランにかかれば吹き飛んでしまう。彼は今、城代との剣の稽古を終え、体から湯気を立てながら城の中に戻ろうとしているところだった。ウィリアムは、義理の兄と慕うアランの姿を探してきょろきょろと辺りを見回した。

「アラン?」声のした方を見ても、誰もいない。気のせいだったのだろうかと思い始めた頃、再び上から声がした。

「ビリー!こっちだ!」

何だ、そこにいたのかと、ウィリアムは、中庭にある入り口の上を見上げた。そこには二階へと続く階段の踊り場についている大きな窓がある。しかし、窓の向こうには人影は見えない。はて、と思っている内に、頭上から黒い物体が落ちてきて、彼の右肩をかすった。

「うわっ!」落ちてきたのは何だ?よく見ると、苔の生えた土の塊だった。慌てて上――今度は屋根の上――を見ると、義兄が屋根から別の苔の塊をはがしているところだった。

「アラン!何をしてるの、そんなところで!」

ようやく自分に気づいた義弟を、彼はにやりと見下ろした。ウィリアムは、こう言うことが起こるのではないかという予想が的中しても驚きはしなかった。〈あれ〉が終わると、アランはいつも高い所に上りたがるのだ。



 このユータルスは、大昔、西ノ海の果てにあるエレン国の一部だった。トルヘア島の西端にある飛び地だったのだ。ユータルスは長きにわたって、トルヘアの西端で彼らの領地を護っていた。先の戦では当然エレンの側に付いたが、敗北によってトルヘアの領地として統括された。今となっては、ここがかつてエレンの一部であった名残は、ひっそりと目立たぬように暮らす人々の厳しい面差しと、トルヘアらしくない奇妙な地名のなかに伺えるのみだった。

エレン島はユータルスの最西端の岬から船で2ヶ月ほど――と言われている。確かなことは誰にもわかっていないのだ――のところにある、天光教以前の古い宗教を守る国だ。いや、だった。広大なセリニアン大陸とはトルヘア島一つを隔てているため、大陸との国交はほとんど無いと言っていい。

トルヘアとエレンの間にある海峡は、いつでも濃い霧で覆われている。おまけに、――あくまで伝説だが――トルヘアとエレンの間にはおびただしい数の小島があり、しかもそれは、つねに留まることなく動き続けているのだという。そのためなのか、つい最近――戦争が起こる――まで、誰もエレンに行くための航路を見つけ出すことが出来なかった。エレンは長きにわたって「隠された島」とか、「伝説の島」と呼ばれていた。神秘に包まれたエレンと、トルヘアとの国交や交渉は、主にユータルスで、ひっそりと行われていた。トルヘア国の慶事や弔事の際に、一通の手紙とわずかばかりの装飾品が届けられるのを国交と呼ぶなら、の話だ。とはいえ、エレンから贈られる装飾品は大変美しく、また魔法の力が宿っているとの噂もあった。戦争が始まる前までは、トルヘアは頻繁にエレンに贈り物をしていたという。穿った見方をすれば、それはひとえに、エレンの珍宝を目当てにしたご機嫌伺いだった、とも言える。


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