【イムラヴァ:第一部】二章:コルデン城のルウェレ-7
「襲われたのかな。怪物達に」小さな声でウィリアムが言った。大きな声を上げれば、本の中の怪物に、じろりと見つめられそうな気がした。
「きっとそうだ」どうなったのか知りたくて、二人して慌ててページをめくる。
すると、今度は鷲が、絵の中に太陽を運び込んできていた。しかし、太陽を掴んでいる足が燃えている。太陽を迎え、諸手を挙げる動物たちや、一組の男女。そして光を避けるように逃げていく怪物達。ども顔も悲しみと苦痛にゆがんでいた。怪物たちは太陽の光を恐れ、太陽を運んできた救世主は足を失って今にも死にかけている。彼らの嘆きが本の中から聞こえてくるようだった。
「どうなるんだ?」アランは続きを探してページをめくったが、本はそこで終わっていた。慌てて衣装箱の中を探したが、続きと思われるような本はなかった。
「どうなっちゃったんだ?」アランが悲鳴に近い声を上げて、苛立ち混じりに、バン、と本を閉じた。すると、今まで気づかなかった紋章が表紙に描かれているのをみつけた。マクスラス家の紋章ではない。鷲の頭に獅子の体。翼を広げて、雄々しく二本の足で立っている。
「ウィリアム!これ!」アランは、衣装箱の中に頭を突っ込んでいるウィリアムのベルトを引っ張った。
「なんだよ、引っ張らないでよ」ベルトを掴みながら振り返ったウィリアムも、アランの指さす物を見て何かを悟ったようだった。
「これ、エレンの紋章じゃないの」声が震えている。ウィリアムは、アランが見ていない隙に、素早く額の真ん中を3回指先で叩いた。魔除けのおまじないだ。アランはそれに気づかず、興奮して顔を輝かせた。
「この怪物、上半分が鷲だろ?きっと、あの鷲は助かってさ、この怪物に姿を変えたんだよ」アランがわくわくしていった。
「そうかなあ」ウィリアムは疑わしげだ。「それより見て、こんな絵があったよ」ウィリアムが、手のひらに収まる程の小さな額を差し出した。「誰だろう?」
「さあ……」アランが表面の埃を払って、もっとよく見ようと顔を近づけたその時、部屋の外で誰かの足音がした。二人はびくっとして息を殺す。ウィリアムは持っていた額をアランの手に押しつけ、アランはそれを服の中に隠した。大きな装飾本も隠したいが、余りに大きくて……
ばたばたと慌ただしい足音と、次いで聞こえてきたのは、かしましい少女の声。
「なんだ」ウィリアムはささやき声で言い、アランもため息をついた。
どうやら、ウィリアムの姪のフィオナと友達も、屋根裏部屋の探検をしているらしい。フィオナは今がわがままの盛りと言った美しい少女だ。自分では、密かにアランに思いを寄せていると思っている。実際は、密かどころではない。フィオナがアランに熱を上げていることは公然の秘密という奴だった。ウィリアムはにやりとアランを見て、指で突っつく。アランは眉をしかめ、声に出さずに言った。
「なんだよ」こうなったら、是が非でも見つかりたくない。見つかったが最後、彼女が疲れ果てるまで、アランはフィオナの言うなりにならなければならない。騎士道精神なんて糞くらえだ。アランはフィオナが大嫌いだった。
二人は視線で示し合わせて、ドアのかんぬきをしっかりと確かめて、落ちていた襤褸布に本を、くるんで再び衣装箱に戻した。小さな絵は、アランがそっと懐に隠した。そして、暮れ始めた夕方の空に向かって開く小窓からそっと抜け出した。背後の扉の向こう側では、フィオナが甲高い声で「私のいうことが聞けないの?」と、お供の子供達をしかり飛ばしていた。