【イムラヴァ:第一部】二章:コルデン城のルウェレ-6
「ありがとう」
美しい本だ。本来ならば、城主の書斎の特等席に置かれていてもおかしくはない。青い革の装丁に色とりどりの装飾。相当な手間がかかっているはずだ。ページの空白を、蔦の模様と動物たちが埋めている。そもそも、本自体が大変貴重なものとされているこの時代、こんな豪華な本を二人は見たことがなかった。
「みろよ、ここ。金色だ」アランが指さした場所だけではない。ちりばめられた宝石のように、金箔や顔料がふんだんに使われている。
「なんて書いてあるかわかるか?」期待を込めた目で見つめられたウィリアムは、力なく首を振った。この城には、ものを教える人間がいない。この城に限った話ではない。文字を読む事が出来る者は、この国にはほとんど残って居ない。大きな街や王都に近い街ならば、そこの教会の教父から読み書きを習うことも出来るが、ユータルスは大きくもなければ、王都の近くでもない。二人は、ようやく簡単な単語を、領主や手のすいた家臣から習い始めたばかりで、本に並んでいるような、びっしりと並んだ細かい文字を読むことは到底無理だった。
「でも、絵を見ればだいたいわかるんじゃないかな」二人は、挿絵の描かれたページを探して丁寧に本をめくった。
最初の絵は、星と月が輝く荒れ野。一人の男と一人の女が、そこに立って、土から何かを作り出している。次の絵では、その二人――多分、夫婦――が、沢山の動物や、怪物に囲まれていた。その手の中には、新たな創造物があったが、それも、周りの怪物達と同様に醜い姿をしている。空には、依然月が浮かんでいた。
「怪物達に襲われたのかな」ウィリアムがつぶやいた。
「いや、この二人が土からこの怪物を作ったんだ」アランが断言した。「これ、国教の神話かな?」
「ちがうよ、国教の神様は一人で全部を創ったんだ。女はいなかったよ。それに、こんなへんてこな化け物を創るわけ無いよ……まるでエレンの怪物みたいに見える」
「ふうん」アランは、立て膝の上に顎を載せて、一心不乱に絵を見つめた。次の絵は、見開きにページを使って描かれた絵だった。
「わーっ」二人とも思わずため息をついた。
「これ、鳥だね」
「うん」
二人の男女が守る黄金の木の枝に、12羽の異なる鳥がとまっている。その巨大な木は昼と夜をわけ、女が守る夜の枝と、男が守る昼の枝に、それぞれ6羽の鳥たちを憩わせている。どの鳥にも、緻密で美しい装飾が施されていて、一番上の枝にとまるのは、鷹と鷲の二羽だった。王者の風格を身に纏い、鷲は夜の枝に、鷹は昼の枝にとまり、太陽と月を見つめている。
「あ、鶫だ!」ウィリアムが声を上げた。指を差したのは、自らの家の紋章に描かれた鶫(つぐみ)の鳥だ。他の鳥とは少し離れたところにとまっているが、鶫の紋章を毎日のように見ていたから、間違いなく鶫だとわかる。
「うちの紋章と同じだ」嬉しそうな横顔に、アランはほんの少し頭をもたげた羨望をこらえた。
「他はなんて鳥だろう?」
「わかんないや」ウィリアムが眉根を寄せた。色とりどりの鳥たちの内、名前がわかったのは鷹と鷲と鶫、それに……
「これは真っ黒だから、きっと烏だ」アランが言った。「それに、こっちは目が丸くてでかい。梟だな」
「本当だ。でも、一体何の本なのかな?」ウィリアムはページをめくった。すると、身もよだつような怪物が蔓に囲まれた挿絵の中をびっしりと埋め尽くし、男と女に襲いかかっている。思わず鳥肌が立ち、背筋を冷たいものが這い上がった。