【イムラヴァ:第一部】二章:コルデン城のルウェレ-3
ユータルスを治めるマクスラス家も、元は由緒正しきエレンの貴族だった。しかし、戦後こちらに渡った他の多くのエリン貴族がそうしたように、彼らもまたトルヘア国教への改宗を余儀なくされた。さらに王家の女たちと婚姻関係を結ぶことで家系の存続を許された身であった。それでもトルヘア国内では今でもなお、密かにトルヘアに渡った異教徒を根絶やしにすべく異教徒狩りが行われている。
これこそが、アランをこの屋根に上らせた原因だった。アランは、憲兵が城に立ち入ってそこいら中を嗅ぎまわっている間、どこかに身を隠していなければならない。彼は国教会の洗礼を受けていないのだ。この国で洗礼を受けていない人間には、戸籍がない。つまり、国にもその存在が認められていない、幽霊のような存在だと言うことを意味する。
アランは、マクスラス家で育てられている悪鬼だ。想像できるよりも多くの意味において。
「すっごくいいものを見つけたんだ、ここまでこられるか?」
小さな悪鬼は、自分の背後に見える塔を指さした。屋根に上ってこいと言っているのだ。たまった鬱憤を晴らす時、アランは必ず高い所に上る。3年前に制覇した一番低い塔の屋根は、今では彼のお気に入りの昼寝場所になっていた。
「いいよ。また森の奥で煙が見えたっていうんでしょ」
「違う!あんなのとは比べものにならないくらいすごいんだって!」
あんなの、とはよく言う。ウィリアムは苦々しく思った。去年の夏、「あんなの」を見た日から、アランはその正体を確かめようと毎日森に出かけていった。お供をするのはもちろん弟分のウィリアムだ。あげく森の中のくぼみに落ちて、大人が助けに来てくれるまで丸1日帰れなくなった。あの事件を、彼は忘れてはいなかった。忘れるもんか!あの時もらった仕置きの鞭の痛さと来たら……。決めかねているウィリアムにじれて、アランが言った。
「見なきゃ後悔する!このお守りに誓うから!」彼は胸元からペンダントを引き出して掲げて見せた。黒っぽい石に空けた穴に、革紐を通しただけのものだが、彼と、彼の過去をつなぐ唯一の接点だった。城に来る前から彼の手元にあったものは、あの石しか残っていない。アランの一番大事な宝物だ。ウィリアムの心は揺らいだ。
「でも、父上にばれたらなんて言われるか――」
「だからこっそりやるんじゃないか、来るのか?ウィリーウィリー坊や!来ないのか?」
ウィリアムは、自分がたった今剣術の稽古を終えたばかりだと言うことも、体中が棒きれみたいに突っ張ってしまっていることも忘れた。アランが自分のことを『ウィリーウィリー坊や』と呼ぶ時は、自分に挑戦している時だ。男として、その挑発を撥ね付けるわけにはいかないし、そのおかげで、彼が今まで様々な障害を乗り越えてきたことも確かだ。大人達に言わせれば、越えなくてもいい障害に他ならないものばかりだったが。種付け用の荒馬にこっそり跨ったり、夜中に墓場をうろつき回って探検したり。