想-white&black-L-8
「花音」
麻斗さんの指がそっと頬に触れて初めて気付く。
無意識に瞳から涙が溢れて頬を伝い落ちていたことに。
「俺を選べ。楓との未来なんか来やしない」
麻斗さんの手が肩から離れるとそのまま背に回され、そっと抱き寄せられた。
懐かしくも思える彼の匂いが鼻孔を掠めて胸を締め付けるようだった。
心臓の鼓動が大きく高鳴り、気持ちがグラグラ揺れ動いてしまいそうになる。
「花音、俺と来いよ……」
掠れがちな声が切なげに名前を呼ぶとふっと顔が近づいてくる。
端正な顔立ちと綺麗な金髪に蜂蜜色の肌。
見た目だけではなく、優しくてその場にいるだけで笑顔をもたらしてくれる性格も彼の大きな魅力だと思う。
そんな麻斗さんが私を好きだと言ってくれる。
だが私は楓さんを好きになってしまった。
それなのにどうしてなんだろう。
楓さんを好きな気持ちは確かだというのに心が……揺れる。
ゆっくりと唇が触れる。
あの、甘い痺れが全身を一気に駆け抜けていくような感覚を連れて……。
だがその瞬間だった。
「麻斗っ、貴様あぁっ!!」
割れんばかりの怒号と共に、麻斗さんの肩越しに見えたのは普段からは想像もできないほど怒りを露にした楓さんだった。
一瞬にして空気が張りつめビリビリと肌を刺す。
「どういうつもりだ」
「どういうって、俺は最初からこうするつもりだったけどな」
「最初から、だと……? このために俺達を呼んだな。花音を騙してまでお前は……っ」
呆然としている私を見て楓さんが唸るように低く問いかける。
「事実を言っただけさ。楓とじゃ未来はないってな」
「……っ」
二人の間にいるはずなのに声が遠くに聞こえるようだった。
決心がぐらぐらと揺らぐ。
私は次第に自分の心が見えなくなり始めていく。
楓さんが好きだと気付いたばかりなのに、麻斗さんの一言でこんなにも揺れ動く自分が信じられなかった。
「楓様、麻斗様」
そんな睨み合う二人の間を静かな声が割って入った。
三人がその声の方を向くと、四十代くらいの男性が立っている。
黒のスーツを身にまとい髪を後ろに撫でつけた長身のその人は、優しげな表情とは裏腹にこちらをどこか厳しい眼差しで見つめていた。