想-white&black-L-10
「驚かせてしまいましたか。申し訳ございません」
ドアの向こうにいる楓さんに聞こえないような声で私に謝罪の言葉を口にしたのは理人さんだった。
「い、いえ。私こそ大げさにびっくりしちゃってすみませんでした」
心臓はまだ大きく鼓動していたがそれを何とか落ち着かせ、理人さんに向かい合う。
彼の表情は相変わらず何の感情も浮かばないポーカーフェイスだ。
ちらと楓さんがいる部屋を横目で見ながら静かに問いかけてくる。
「麻斗様のパーティーで何かあったようですね」
「……何か、というか」
淡々した口調がこの人の場合は殊更相手を威圧する。
早々にパーティーから帰宅したことと楓さんの様子から何かあったのだと感じ取ったのだろう。
確かに問題があったことは事実だがそれをどう説明したらいいのか分からない。
麻斗さんが勝手に私との結婚を考えているなどと大勢の前で宣言してしまった、というのは間違いではない。
だがそれを全て麻斗さんの責任にしてしまうのはなぜだか躊躇われたのだ。
『そうさせたのは楓だってこと忘れるなよ』
厳しい口調と鋭い眼差しでそう言った麻斗さんの姿が脳裏に焼き付いてしまっている。
何も答えられない私に理人さんが諦めたように小さく息を吐き、切れ長の双眸が冷たく蔑んだ。
「あまり楓様の手を煩わせるのは感心しませんね」
「……ごめんなさい」
それは暗に今回のことばかりだけではなく、私という存在が楓さんの側にいることを非難しているようだった。
「とりあえず何があったかはすぐ分かることでしょう。今はまだ夜は冷えます。花音様もこんな所にいたら風邪をひいてしまいますよ」
「はい……」
部屋に戻るように促された私はリビングにいる楓さんの様子が気にかかりつつ、理人さんの視線から逃れるように足早に立ち去ったのだった。