恋してくれますか-10
『由香ちゃん』の目は、先程までの明るい軽やかなものではなかった。
妙に冷めた、それでいて少し苛立ったような色を持った目で、淡々と私を見ている。
「先生は、先生なの。」
どこか上の空でもう一度つぶやいて、下駄箱を開ける。
彼女が靴を履いて顔を上げたときには、もう先程の表情はどこかへ消えていた。
「あたしもさぁ、アタックしてみたんだけどね。やっぱ高橋センセって意外とお硬いよねぇ〜。」
「え?そう、なん、ですか?」
「あっちから誘ったくせに、つれないっていうかさぁ。」
「えぇっ!?」
びっくりして下駄箱にぶつかった私を、『由香ちゃん』は驚いたような顔で見る。
「せ、先生から、誘っ…」
「う・そ。」
「なっ、え…えぇ?」
駄目だ。
彼女は、まるで私の知らない言語を喋っているかのように難解だ。
「畑本さんて…冗談とか通じないタイプ?」
「冗談、は、嫌いじゃないよ。」
「ふーん?じゃ、あたし帰るね。」
「え、じゃあ私も…。」
あっさりと手を上げる『由香ちゃん』の隣に立つと、『由香ちゃん』は私の足元を指差した。
「それで?」
「…あっ。」
黒いサインペンで書かれた"畑本"の文字を見て、私はつい口が開いてしまった。
「じゃ、またね。」
ばたばたと靴を履き変えている間に、『由香ちゃん』は行ってしまう。
「あ、待っ……わぁっ」
さっきの言葉の意味を聞こうとその背中に手を延ばしたが、足が何かに躓いて、また転んでしまった。
「…どういう、意味なんだろう。」
倒れた姿勢のまま、額を押さえてつぶやく。
痛みよりも、頭の中に大量の疑問符が踊っている。