いけないあそび-1
橙の夕日と赤の枯葉が、色褪せた木造の校舎を美しく彩る黄昏時。
古めかしいその学び舎から、黒の学生帽と学ランを纏った生徒達が下校して行く。
やがて夜の帳が下り、辺りは深い藍に染まる。
生徒達がそれぞれの家か、あるいは寄宿舎にて飯をかっ食らう頃、彼ら二人は互いの唇を飽くことなく食んでいた。
いけないあそび
一、それは偶然
くちゃくちゃと粘ついた水音。
「う……あ、は……っ」
熱を帯びた声。
それは喘ぎ声だった。
ぎくりと身を強張らせた灰田英(ハイダヒデ)は、恐る恐る声の方を見やった。
乱れた黒い学ランから覗く淫美に濡れた肌。それを楽しそうに舌でくすぐっていた男が、荒く息を吐いた。
くすぐられている方は無邪気に笑いながら身体を起こし、艶めかしく唇を舐める。
「もう、いいだろ? 早くちょーだい」
全身が総毛立ったのは、その艶めいた表情のせいではない。
(シクヤ――!?)
二年ロ組の級友、志久野昌(シクヤマサシ)が、男――見る限りでは上級生らしい――に貫かれている。
吐き気がするほど不快な、しかしぞっとするほどの艶めかしさを伴ったその行為に、灰田は釘付けになっていた。
「あっ、いいっ……先、輩っ」
目を逸らせない。
「そこっ……イキ、そ……」
耳を塞ぐこともできない。
もう冬も近いというのに、灰田はじっとりと厭な汗を掻いているのを感じた。
右手の文庫本が手汗で湿っていく。
(そうだ、俺は)
今日は放課後にレクリエーションのある日だった。
月に一度、級内同士の交流のためにと設けられている時間であったが、まともにレクリエーションをする生徒などいやしない。しかし先に下校してはいけないものだから、生徒達は思い思い本を読んだり談笑したりしていた。
そんな中、灰田は今日もまた昼寝の出来そうな場所を探していた。
いつも使っていた体育倉庫は、先月からイ組の生徒に占領されてしまっている。
灰田にしてみれば特に拘りのある場所というわけではないから、倉庫はイ組の生徒達に譲ったのだが、新たな昼寝場所がなかなか見つからない。
そこで、彼らの教室がある新校舎とは少し距離はあるが、旧校舎の書庫へと足を伸ばしたのである。
灰田は眠りを促すため棚から適当に本を取り出し、書庫の奥へと向かった。
そこで、彼は見てしまった。
本棚と本棚の隙間から、級友と上級生が絡み合うその姿を。
「う、あっ、あっ、ああああ――!!」
「!」
ばさりと、灰田の手から本が落ちた。
幸いにもその音は志久野の嬌声に掻き消されたが、灰田は慌てて本を拾い上げると、息を殺して再び二人に視線を戻す。
暫し肩で息をしていた二人の男は、やがて汗もそのままに制服に腕を通し始めていた。
上級生の方がゆっくりと立ち上がって志久野に言った。
「お前はどうする?」
「俺は……まだ此処に残ってるよ。暫くしたら戻る。でないと、怪しまれちゃうだろ?」
志久野がそう言うと、上級生は笑い踵を返してこっちへ向かってきた。
(まずい)
書庫の出口は一方通行だ。彼が出口のみを目指してくれればいいが、もしも本棚の陰に身を潜めている灰田に気付いてしまったら。覗き見をしていたなどバレたらまずい。笑って許してもらえる筈がない。
しかし幸いなことに、彼は灰田が身を潜めている本棚を通り過ぎて行った。寄り道することなく書庫を出て行った上級生に、灰田が安堵したのも束の間だった。