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卒業
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卒業-1

曇った窓ガラスを指先でなぞると、そこだけがやけに鮮明に透明感が増して、僕はもうどうしようもない気持ちになった。今年の冬は寒くて、本当に寒くて、3月に入ったのにも関わらず最低気温を記録する程だ。桜は、間に合わなかった。
僕らの卒業式に。
そういえば卒業式に桜が間に合ったことなんか、今までに一度も無かった気がする。入学式に咲いていたことはあったけれど。卒業式の朝に桜を見上げるなんてイメージは、きっと漫画やドラマで覚えたものなのだろう。そんなメロチックなのも悪くは無いのかも知れない、と僕は思った。それぐらい今日という日は素晴らしい。




すでに小西は教室にいた。いつも遅刻の小西も、今日ばかりは様子が違うみたいだ。こちらに気づくと、少しはにかんだ様な笑顔を見せ手をふった。とても素敵な仕草だなと僕は思った。

昨日の夜中に入ったメールを再度開いて見る。宛先は小西麻美とある。
「明日卒業式の後、校庭の桜の木の下で待ってる」
僕だって馬鹿じゃない。このメールがどういう意味を持っているのか知らない訳じゃない。何度も何度もその短いメールの内容を読み返して、僕はその短文の裏にある意味をくみ取ろうした。期待の中に不安が入り交じるのは仕方の無いことだ、と僕は自身に言い聞かせた。それでも僕は自分を完全に制御できない。何度読み返そうと、僕にはそれが恋文にしか見えないから。




高校生活最後の行事ともあって、式は考えていたよりも心にくるものがあった。卒業生代表の答辞がとても良かった。僕達らしくない、厳格な式だった。




僕は式の途中、中学の最後に転校してしまった中畑くんのことを考えていた。卒業間近に遠い所に行ってしまい、人知れず卒業した中畑くん。誰一人として知った顔が無い卒業式はどうだったのだろう。たぶんそれはとても寂しいものだったに違いない。ひとりぼっちで、何の思い出も無い。
中学の卒業式では、僕らは泣いた。たったの三年間がとても長い時間に思えて、顔をぐしゃぐしゃにして涙を流した。小学校の半分しか通っていないのに、後から後から様々な事が脳裏に蘇ってきた。部活のこと。学校行事のこと。少しだって恋もしたし、様々な人達と築いた友情。バイクに乗って事故死した奴も思い出したし、一年の時に転勤になった先生ですら僕の脳は思い出していた。すまして泣いてない振りをしている友人はいなかった。皆一様に泣き顔を作っていた。
でもその記憶の中に、中畑くんの顔は無かった。




きっと中畑くんの転校は突然過ぎたのだ。僕らは上手くその事実を認識しないままに卒業式を迎えたから、 彼の存在を酷く曖昧にしてしまった。
高校の卒業式の最中に今更中畑くんのことを思い出して僕は酷く申し訳ない気持ちになった。同時に、とても寂しい気分にもさせた。


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