卒業-2
◇
式を終えて、色んな人と様々なやり取りを交わした後、僕は校庭に向かった。小西の姿は無かった。僕だって結構ゆっくりして来たつもりなのに、小西は一向に現れ無かった。こんな時でも遅刻するんだな、と僕は思った。それが彼女の魅力でもあるのだけれど。
しばらく待っていて姿をあらわした小西の息は少し上がっていて、額に前髪がひっついていた。
「遅れてごめん。呼び出しといて」
僕は短く「いいよ」と答えて、あとは黙った。
「好きです」と小西が言ったのはもうずいぶんと時間がたった後だった。学校全体が騒がしかったのが、今では世界に誰もいないみたいに静かになっている。
「最後やし、伝えときたかってん。明とは中学からの付き合いでさ、もう6年にもなる。実は中学のころから好きやってんで。中学の卒業式に言おうと思っててんけど、言えんくって。のばしのばしで、今日になってもうてんけど……どうかな?私と、付き合ってくれん?」
一気にそれだけ言うと、今度は小西が黙った。僕らの間に何か親密な沈黙が広がっていく。
僕はなんだかいてもたってもいられなくなって、彼女の髪を撫でた。彼女は一瞬身を強ばらせたが、後は静かに眼を閉じていた。
「小西は」
「ん?」
「中畑くんって、覚えてる?」
彼女はさも意外そうに僕の顔を覗きこんだ。
「中畑くんって、中学のラストでいいひんようなった、あの中畑くん?」
「うん」
「覚えとるよ」
「……そっか」
彼女は不思議そうにこっちを見ていた。僕だって不思議だった。僕は何故こんなに中畑くんの事を思い出すのだろう。
「なんで?中畑くんがなんか関係あるん?」
「いや、別に」
「えぇっ!じゃあなに?明は私の告白の途中で全く関係ないこと聞こうとしたん?」
「あれ?まだ途中だった?」
「そういうこと言ってるんちゃうやん」
「わかんないんだよ、自分でも。なんとなくね。思い出しちゃうんだ、中畑くんのこと。別に特別仲が良かった訳でもないのに、どうしてだろうね。自分でも不思議なぐらいだよ」
「なんか明らしいなぁ」
「……ごめん、忘れて」
小西の手には、卒業証書の他に花束や小さなデジタルカメラがあった。僕がここで待っている間、友人や親達と写真を撮ったのかも知れない。そしてその写真を見て思い出すに違いない。手をとり合って涙した事や、抱き合って再会を誓った事なんかを。
「僕ら、卒業したんだね」
彼女の頬に触れると少し冷たかった。それはもう、なんだか別れを予期させるような、繊細な冷たさだった。
「うん。卒業やね。もうこの学校に来ることも無いんや」
「……寂しいね」
小西が頬に触れていた手にそっと自分の手を重ねるのを、僕は黙って見ていた。小西の手は頬ほどに冷たくは無くって、僕はたまらなく優しい気持ちになった。
「なぁ……、第二ボタン、貰ってもええ?」