カコミライ (4)今の私-3
「うーん、とね。海君が好きなのよ」
別に言いよどむ必要のないことに思えるけれど。それが伝わったのか、美嘉さんはばつの悪そうな顔になる。
「さっきと同じ流れなのよ。‘あらアナタ海君がこれ好きなの知らないの?’って彼女の立場で優越感に浸るつもりだったの」
そのまま両腕に顔をうずめる美嘉さんの耳は仄かに赤く染まっていて、年上ながら可愛い人と思ってしまう。
「あっ、勿論今は違うからね!初めて会った時だけで、今は本当に美味しいから勧めてるのよ」
慌てて入ったフォローが何だか可笑しくて、こみ上げる笑いを抑えながら食べたチーズケーキの味は確かに抜群だった。
「あの、残りの半分は何ですか?」
これだけは、どうしても聞きたかった。一つだけ心残りだったのだ。
『海を利用している』ことを『半分本当』と告げた美嘉さん。残りの半分は一体何なのか。私はそれを知りたかった。
私の質問に逡巡した美嘉さんは、もしかしたら私に何か遠慮してるのかもしれない。遠慮はいらないと目をしっかりと見詰めると、思いが伝わったのか優しい声が言う。
「海君がね酔った時に私の過去が欲しいって泣くの。そしたら私を泣かせないからって」
「過去……」
「そう。嬉しかった。でも」
「でも?」
「私の未来が欲しいって言ってくれたら、いくらでもあげるのにね」
美嘉さんは天窓から覗く空を見上げるように、天井を仰いだ。覗く瞳は揺らいでいる。今にも熱い液体が零れてしまいそうな、そんな瞳に映るのは、きっと空ではなく未来なのかもしれない。
「何年先も、何十年先も、皺だらけのおばあちゃんになったって、どんな未来でも海君にならあげるのに」
言って笑った美嘉さんの笑顔は、海が一瞬で惹かれたように眩しくて。私はこの人には永遠に勝てないことを悟る。
「それ、惚気じゃないですか」
上手くは返せなかったけど。なんだか素直に笑えた気がした。だって美嘉さんも目尻に涙を残しながら、穏やかな笑みを浮かべてくれたから。
もしも出会いが違ったならば、私は彼女の目に浮かぶ涙を拭うことが出来たのだろうか。枯れない涙を指で掬い、その目尻に触れることが許されるだろうか。
結局、それはもしもでしかないのだけど。
美嘉さんの気持ちなんか考えず、自分本位の行動ばかり取っていた愚かしい私にはそんな資格はない。
けれども、せめてこの笑顔を心に焼き付けておこうと思う。兄が愛した笑顔を、決して忘れないようにしたい。そんな願いを胸に秘めながら、美嘉さんを見詰める。
兄が愛した人は、優しくて、聡明で、人間味に溢れていて。そしてその笑顔は、とても綺麗だった。