百一夜の夢の後〜二夜〜-1
「牡丹姐さんはやはりみそかを好いておられんしたなぁ」
竜さんと別れ桜木町から帰り蜜花世に戻れば、しみじみと金魚に言われる。
豪奢に髪結い白粉塗り紅を引き、仕度しながらその紅鮮やかな唇で土産として買ってきた名店と謳われるさくらやの甘味を食む。
舌の上に乗せれば淡雪のようにほろほろと崩れてく甘味は空気に溶けるように笑うみそかを思い出させる。
「金魚、何故にそう思いんすか?」
自分では何も変わらないよう努めていただけに、少し戸惑っていつものようひらりひらりとかわすこともできず、馬鹿正直に尋ねてしまう。
金魚は細い指先をあちきの指先にやり、柔らかに笑う。
「その甘味。……牡丹姐さん、以前は櫛や簪、そんなものをおねだり遊ばせんして禿たちに放り出し遊ばせんしたのに、今は……土産は甘味ばかりにありんすから」
「……そう。ホンに……、あちきはみそかを好いておりんしたからなァ」
桜木町にこれありと名高い甘味屋だと聞けば、櫛なんぞよりそこに行きたいと、思わず花魁の顔剥がれ…竜さんを呆れさせてしもた。
簡単に花魁の顔を剥がしてしまうくらい……あちきはあの子が大切であった。
昔も…、今も。
「……幸せに、やっておりんすかねぇ」
「それを願うばかり。時折甘味の君と来てくださるみそかをみれば、……分かりきったことよの」
みそかは、今は夢物語のように語り継がれている。
遊女になれど、諦めてはいけんせんよ。
いつか、いつか幸せになれるのだから。
――あちきの時代とは違う。
今は夢を思うことが許されるのやもしれない。
あちきも、そうありたかった。
あちきにも、――いつか神の君は来るのだろうか。
恋慕い恋慕われる君は来るのだろうか。
どうか幸せに、そう願う気持ちと、自分もそうなりたい気持ちは――あちきも諦められない。