百一夜の夢の後〜二夜〜-4
――やっぱり。
細やかに光る鈴が手にことりと落ちる。
――ずいぶん、可愛らしなぁ…
嬉しくて幸せで、……ただその鈴が愛しくて、口に板菓子をぱりぱりと含みながら、鈍く光る鈴に合う組紐を考えるだけで顔が綻んだ。
鈴を手のひらで遊びながら、リンリンと耳に小気味良い鈴鳴りをたて、割れた板菓子を口に含めば、やんわりと仄かな風味と固く確かな触覚はほろほろと崩れあどけなくて心地よかった。
「牡丹姐さん、また来ておいでありんす」
「あらあら、牡丹姐さんもいよいよ花街からお出にありんすか?」
囃し立てられる皆に軽く手を振り、自らが…傷つかないため、口は心と反対に嘘をつく。
「どなたか旦那の気紛れで遊ばんせんか、それとも花街に来れぬ若衆のからかいであろうねィ。可愛いものよ」
ホンマは……来なくなったらどないしよって思うてる。
会えるのなら、男なら、今まで培った手練手管全て出し尽くしてでも繋ぎ止めたい。
例え醜くても浅ましくてもあちきは鈴の君が欲しい。
でも臆病な私は隠してしまう。
あなたを誰かと探すことさえしない。
今日もまた袋菓子が届く。
鈴を内に忍ばせて。
蜜花世の皆も、花街一と言われる牡丹花魁の名を知る人々も、――知らぬだろうねぃ。
あちきが……溜まる鈴をどれほどの思いで根付にし、留め具にし、簪の飾りにし……身につけ、それでもなお客に、見もせぬ鈴の君を重ねることがあるなどとは、思いもしなかった。
懇意にしている旦那から贈られる簪、櫛、着物、帯……華やか艶やかきらびやかなばかりのそれらは心を冷やすばかりで、ただ…たった忍ぶ鈴一つ、……それだけが何故にこんなに愛しゅうて堪らんの?
なんで…?
なんでなん…?
なんで、会いもせぬ鈴ばかりの君を恋い焦がれるのだろう。
…どの旦那方も、誰も、…お教え下さらなんだ。
この気持ちは、何と名をつければよいんでありんすか…?