I am from...-2
おとといの帰り、田中が合併の話を持ち出した。
田中は合併が決まった今も賛成していないと言った。
「俺はさ、合併する必要はないと思うんだ」
田中が急にそんなことを言うから、私は今まさに話そうとしていたお笑いコンビの話を呑み込んだ。
合併って、うちの?と訊くと頷かれる。
「だって、どうして合併するか知ってるか?あっち側の借金肩代わりするためだぜ?そうしないとあっち、破産しちゃうらしい。で、破産するとゴミ処理とか消防とかできなくなるからなんだって」
「でも、こないだホール建てたとき何十億もお金使ったじゃん」
「そうだよ、ここにはホール建てるくらい金があるんだよ。だから借金肩代わりできるんだよ」
田中の言っている意味は分からないところもあったが、合併はよくなかったらしいということは分かった。
「それに、小学校にばかでっかいプラズマテレビ教室全部につけたの知ってるだろ?」
「うん。町がつけてくれたらしいね」
「それも、どうせこれから借金まみれになるなら、今のうちに町にある金を使えるだけ使って贅沢しようってことらしいぜ。ほら、中学にテニスコート二面も作ったのもそう」
「うへー」
それは知らなかった。私が合併について知っていたことは、名前が消えることと住所が変わること、それと給食が学校で作られたできたてから隣市の給食センターで作られて運ばれる冷めてまずいものになる、おまけに揚げパンがなくなるということだけだった。
「だから先月、俺んちに合併中止を呼びかける署名に協力して欲しいって人が来て、俺サインしたんだ。これで中止になればいいけど」
「ふーん…、田中は本当にこの町が好きなんだね」
「当たり前じゃん。俺はここに最期までいるつもりだから。お前だってそうだろ?」
「うーん…、たぶん」
確かに私もこの町は好きだ。けれど、姉のように大学へ行ったら離れなくてはならないだろう。
それに、この町はもうじきなくなるのだ。だからここにいる必要はないんじゃないのか、そう思った。
騒がしい夕食をなんとかやりすごし、風呂から出たら姉が机に向かって何か書いていた。覗き込むと、大学の入学手続きの書類だと言われる。
「東京は大変だね」
「大学はみんなこうだって。…ね、それより、まさや君とどんな話してたの?」
「だから何でもないって」
ふと机の上に目をやると、大学の書類の中に見覚えのあるチラシが混ざっていた。それを拾い上げると、姉が思い出したように言う。
「ああ、それ友達と行こうと思って」
それは来週開かれるコンサートの案内だった。もうじきなくなってしまう町への感謝の気持ちを込めて行うそうだ。町の合唱団や町出身のアーティスト、伝統芸能やダンスなど、さまざまな催しが予定されている。
「せっちゃんも行く?」
「行けない。部活だし」
そう、とだけ姉は言い、それから寂しそうな顔をしてチラシを眺めていた。
そんな姿を見て、ふと気付いた。
私よりも姉の方がこの町に長く暮らしている。つまり、私よりも愛着があるのだ。