イジメテアゲル!-41
「大丈夫?」
「んーん、ダメです。私、今日はずっとふらふらしそうです」
手すりを放し、完全に身を預ける格好になる由美を心配に思った英助は、彼女と自分の額に手を当てる。
「風邪でも引いた? 熱とかなさそうだけど……」
交互に比べてみると確かに微熱を持っている。しかも、計り直すごとに熱を帯びてくるように感じる。
「英助君、心配してくれてるの?」
「当たり前だろ、こんなに熱だしてるんだから。今日は終業式だけなんだし、無理して学校に行かなくても……」
「だって、今日が最後じゃないですか。英助君と通学できる日」
「そんなの二学期始まってからいくらでも出来るから、あーどうしよう。そうだ、学校に連絡、ついでにミーさんにも……」
携帯を取り出す英助の手を、火照った手が制す。車内での通話は確かにマナー違反だが、下車駅はまだ遠い。
「美奈ちゃんは忘れてください」
「けど、連絡……」
「次の駅で降ります。少し休めば治ります。英助君も付き添ってください」
「分かった。でももし大変そうだったら今日は帰れよ」
強い口調で諭すと、由美もそれに頷く。英助は携帯電話を閉じると、次の駅を待つことにした。
〜〜
由美は駅につくとベンチに腰を下ろしたまま頬を押さえていた。
いつの間にか頬も額も真っ赤で、夏風邪というより、なにか別の病気なのではないかと思えた。
「白河、大丈夫か? なんなら病院に……」
「いえ、大丈夫です。そもそもこれは病院で治せるものじゃありませんから……」
時計は既に八時半を回っていた。今からでは特急に乗っても遅刻確実である。
遅刻の原因はあくまでも白河の体調不良で、それに付き添ったから。言い訳の正当性もあり、今日は終業式なことから、英助ものんびり構えることにする。
目の前を通過する電車からも人が減り、駅員も改札口へと引っ込む。
「英助君、私具合が悪いです。トイレに連れてって下さい……」
「おいおい、大丈夫か?」
額に汗をかき、瞳が濡れている彼女を見ると、ひとまず緊急事態なのだと自分に言い聞かせ、彼は彼女に肩を貸す。
「おんぶがいいです」
「はいはい、お姫様抱っこじゃなくてよろしいですね?」
英助は彼女に背を向けしゃがみ込む。
「あ……、それも……いいかも」
「ふざけてないで、さっさと乗る」
さきにふざけたのは自分だが、彼女の微妙な反応、仕草にはわき腹を擽られるものがある。それが表情に出てしまうせいか、彼は彼女に背を向けることを選んだ。
「英助君の背中、大きいね」
「でかいのだけがとりえだよ。でくの坊って奴かな」
「そんなことないよ。背高いほうがいいし」
微妙にフォローにならない気もするも適当に流し、ホームの隅にあるトイレへと入る。中には男性用、女性用、車椅子用が分かれていた。当然女性用に入らないといけないわけだが、いくら緊急でも勇気が要る。
「どうしたんですか?」
「いや、まずいんじゃないかと思いまして」
「今の私は介護が必要なくらい重病人です。だからいいんです」
ひとまず入り口で耳を澄ます。かすかに聞こえるのは換気扇の羽音くらい。
自分は痴漢じゃなく、あくまでも介護人、今から踏み入れる場所はただのトイレであり、それ以外では無い。英助は揺らぐ気持ちを叱咤し、勇気を出して踏み出す。
初めて入る女子トイレは、これといって男子トイレと変わらなかった。
壁の色がピンクで個室が多く、芳香剤が置かれており、他に違いがあるといえば、子供と一緒に入るための大きな個室が備えられていたぐらい。
由美を降ろそうにも彼女はしっかりと彼に捕まっており、降りようとしない。しょうがなく背負ったままでは入れそうな大きな個室に入る。
中はオシメの交換スペースもあり、彼女を背負ったままでも難なく動ける広さだった。彼女を便座の近くに降ろすと、英助は足早に個室を出ようとする。