バレンタインデー-6
「はぁ…」
つむぎ、怒ってるだろうな。
バレンタインなのに一方的にキレてあんな事言っちゃって、もう会ってくれなかったらどうしよう…
きっとこの結果って、トモ君の思う壺だ。
あの野郎、散々ひっかき回してくれやがって。
そこまで分かってるのに、何であいつの言葉をそのまま信じたんだろう。
別にチョコレートなんか無くてもいいじゃん。
あいつのアパートに行ってたとしても、多分、事情があるんだ。
だってあいつは朝一番で俺ん家に来てくれた。
それだけで十分なのに…
「うわっ、あの客まだいる」
「ほんとだ!キモッ」
ほとんど機能停止していた耳にそんな声が聞こえてきて、その陰口が自分に向けられていると気付いたのはそれから数分たった後だった。
外を見たら太陽はすっかり傾いていて、意外と時間を潰せていた事に驚いた。
…意味ないか。
時間を潰そうが潰せまいが、俺はつむぎと喧嘩したんだから。
テーブルの上にはかじりかけのハンバーガー、冷めてパサパサになったポテト、水滴だらけのよれよれになったジュースの紙容器。
そりゃ気持ち悪がられるわ。
食べ残したモノをゴミ箱に押し込んで数時間振りに店の外に出た。
『食べ物を粗末にする人は嫌い』
つむぎの声が聞こえる。
今、何してるかな。
怒ってるかな。
まさか泣いてないよな。
…まさかな。
つむぎの事を考えて、つむぎを思って、つむぎが好きだから怒って、つむぎが好きだから後悔してる。
『慎吾君』
いつもつむぎは語尾を上げて俺の名前を呼んで、手持ち無沙汰になってる俺の左手を捕まえる。
だから冬が好き。
つむぎの温度がダイレクトに伝わってくるから。
手袋なんかいらない。
繋いでる指先が冷気に触れて冷たくなる度に握り直す、そんな何でもない一コマが嬉しくて幸せで―――
「…」
緩みかけた涙腺をキュッと引き締めた。
きっとトモ君は知らない。
つむぎが俺にだけ見せる真剣な怒った顔も柔らかい笑顔も。
あいつしか知らないつむぎもいるだろう。
でもそれより遥かにたくさん、俺しか知らないつむぎがいるのに―――
「………っ」
俺、つむぎがいなくなったら死んじゃう。
子供みたいな思いを胸に、アパートに向かって全力で走った。