バレンタインデー-5
「二十歳くらいに見える?」
「そうだね。大人っぽい」
…何だか、思ったより雅成くんの反応が薄い気がする。
私はちょっとむくれた。
「でも、いついかなるときでも紗依ちゃんは可愛いよ」
何でもないように、さらりと呟いて、唐変木は店へ入ろうとする。
私は、ちょっと動けなくなって、そして悔しいけれど唇の両端がぐぐっと持ち上がっていくのを堪えられないでいた。
…調子に乗るな、自分。と言い聞かせる。
あの男ことだ、きっと自分の娘に言う感覚で言ったに違いないのだ。
悔しいから、まだあの時のことを帳消しにしてなんか、やらない。
「紗依ちゃん?おいで、おいしそうだよ」
暖かな光が零れる店先で私の気持ちなんか知らない、枯れ気味の王子が呼んでいる。
*
料理はどれも美味しかった。
テーブルマナーに不安が残る私は、雅成くんに教えてもらいながらゆっくりと食事を楽しんだ。
グラスに注がれた、桃色の泡の立ったお酒がこの上もなく美味しそうで、私も少しだけいただいた。
ドルチェと食後の珈琲まで十分に堪能して、お店を出た。
美味しいものが沢山詰め込まれたお腹を抱えて、雅成くんと並んで歩く。
今日は、14日。
残念ながら、新月でお月様はみえない。
その代り、いつもより暗い夜空に星の瞬きが鮮やかだ。
「雅成くん。はい、これ」
緊張を気取られぬように、何気なく私は差し出した。
デパートを梯子して、3時間も迷って決めた、チョコレート。
手作りは渡さない。
…渡せない。
あげるとき、もっともっともっと緊張してしまうから。
作るとき、彼を想うと、とても苦しいから。
きっと、上手く作れない。
「ありがとう」
その言葉が何だかしみじみと嬉しそうで。
私はまた、切なくなる。
「お返し、考えないとね」
なにがいい?といつものように聞く彼に、私は冗談のように笑いながら言ってしまう。
「だから、雅成くんでいいって」
不意に、隣に並んだ彼と距離が近くなる。
不思議に思う間もなく、見慣れた彼の顔が迫ってきて、瞬間―。
私の頬に、爆弾がひとつ、投下された。
顔が離れていくとき、私の耳元で彼が低く呟いた。
「恐るべし、バレンタインデー」
次の瞬間には前を向いてたったと足早に歩く、彼の横顔は朔月でも判るほど赤い。
それは、お酒のせいばかりでないことは明らかで。
私は、今起こったことが、夢でないことを知る。
でも、心と身体はふわふわと浮き足立っていて。
柔らかなものを押し付けられた頬をそっと押さえながら、わたしは、母と聖ウァレンティヌスに感謝した。
(了)
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