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バレンタインデー
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バレンタインデー-3

(4)

「お父さん、ねえ、お父さんったら」
「あ、ああ、何だ?」
何度も呼んでいたのか、少女は頬を膨らませている。
それは、慌てて返事をしても無駄だという事を物語っている様だった。
「もう良い、知らない。行ってきまあす」
ああ、ぼんやりしているうちに時間が経っていたのか──と父親は自覚する。
そして、娘の間延びした声を聞きながら、ようやっと朝食に手を付けた。白飯も焼き魚も、味噌汁もすっかり冷めている。まるで、あの時の虚しさを再現した様だと自嘲した。
「お父さんも疲れているのよ。ほら、気をつけて行ってらっしゃい」
妻は「気をつけてね」と再度呼び掛けてから、娘を送り出した。そして、食卓へと戻る。

「ところで、あなた。何を考えていたの?」
家内は、努めて静かに訊いた。その静けさが、まるで怒りの嵐を表現している様だった。
一方、懐かしさともどかしさ交えた表情で旦那は口元を歪める。
「いや、昔の事をね」
「ふうん」
家内が不満そうに鼻を鳴らすと、旦那も一言漏らした。
「君こそ、いつから内股に黒子があるんだ?」

(了)





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