カコミライ (3)狡い兄-2
「開けてよ。古来香子さん」
弱々しい声。けれど確実に耳に届いたそれは、私の呼吸を一瞬でも止めるには十分な衝撃をもたらした。
重い足取りで玄関へ向かう。鍵を開ける指は震えていた。寒さの所為か、この部屋で美嘉さんに会っているという現実の所為かは分からないけれど。
「ありがとう、開けてくれて」
「……いえ」
玄関に足を踏み入れた美嘉さんはスーツ姿で、頬はほんのりと紅く染まっていた。けれど唇は血の気を失っていて色がない。足取りはしっかりとしているのに、虚ろいだ目。アンバランスな対比が不安を煽る。
「謝りに来たの」
青白い唇から、ぽつりと言葉が零れ落ちた。
小さな声ではあったものの先ほどまでとは違い、はっきりとしたものだ。
「謝り、ですか?」
「そう。嘘付いてたのよ」
「嘘?」
「私ね、香子さんが古来君の妹だって知ってたのよ」
「っ!……」
「だから謝りに来たのよ。ごめんなさい」
真摯な眼差しに、居たたまれない気持ちになって思わず目をそらしてしまう。
視線が怖い。
すべてが見透かされてしまいそうだ。
事実、見透かされていた。私は確かに美嘉さんの死んだ彼氏の妹なのだから。
部屋に招き入れてから少しだけ交わした会話で、美嘉さんは確かに少し酔っていたことが分かった。
仕事の打ち上げの帰りに近くを通り、この部屋の電気がついているのを見つけた。その瞬間に、それはもう衝動のように足が動いて、気が付けば呼び鈴を押していたという。
そんな酔いも外に居た時までで、今はもうすっかり醒めてしまったそうだけど。
深夜の来訪を謝罪する美嘉さんに、私は恐縮するしかなかった。
「海が言ったんですか?」
お茶を出し、一呼吸置いてから訊いてみる。まず第一に確認したかったことだ。
「違うわよ。海君は本当に何も知らない。香子さんだって海君に話してないでしょ?」
頷く。確かにその通りだった。海は何も知らない。何も話していない。だから余計に不思議なのだ。
「気づいたのはカフェで会った時。コー君……古来君から、」
「呼び方、いつも通りでいいです」
「ありがとう。コー君から写真見せて貰ったことがあったのよ。一度だけだったけど、覚えてた」
兄は一体いつの間に写真を見せていたのか。初聞きの事実に目眩がした。